続・デフレ論議雑感
2013年03月14日
約3か月前に「デフレ論議雑感」と題して本欄を執筆したが、その後、日本銀行が消費者物価で2%のインフレ目標を導入するなど、世の中の流れが大きく変わった。ただ、足下の金融緩和は為替を通じて経済に好影響を与えるチャネルが重要であるところ、円安になったらなったで家計を直撃しているという論調が増えることに問題の難しさを感じる。
消費動向調査などでみる家計のインフレ予想は、ガソリンなど月に平均1~2回購入する財の価格変動との相関が強いとみられる。株式市場で歓迎されているリフレ政策の今後は、広く一般大衆が物価上昇に直面したとき、人々がどう反応するかがポイントだろう。生活者としては物価だけが上がるのは困るが、賃金も上がるなら摩擦は小さい。
インフレと賃金の関係は話がややこしい。リフレ論議では、物価が上昇しても名目賃金は上がらず実質賃金が下がって雇用が増えるという議論や、輸出や企業収益、設備投資が改善した後にようやく賃金が上がるという議論もある。普通に考えると、単位労働コスト(生産物一単位当たりの名目賃金)が上がらないと物価は上昇しないと思われ、正しい政策かどうかは別にして政治が産業界に賃上げの要請をすることは理解できなくもない。
ある水準の実質賃金が実体経済で今決まっているとすると、ラグはあるにせよ名目賃金は物価に応じて変化するだろう。そうではなく、デフレで実質賃金が高止まりしているために景気が改善しない点に問題があるなら、まずは実質賃金を下げることから始める必要があるという説明が必要だ。筆者は、産業競争力と実質賃金が低迷する構造問題を打破するためにデフレ脱却が必須と考えるが、インフレを理由にした賃上げは期待できないようにも思う。賃金が持続的に上がるかどうかは、労働市場における正規・非正規という問題をどうするか、日本が実質的な意味での成長を取り戻せるかによるだろう。
そもそも現在、インフレ予想は強まる方向にあるだろうか。政府は物価連動債の発行再開を検討中だが、今のところ強い需要は見込みにくい模様であることは一つの示唆である。物価連動債はインフレヘッジ機能を持ち、投資対象として他の資産との相関が低いなどの利点が投資家にはある。巨額の債務を抱える政府は、インフレ予想が不確実であるプレミアム分だけコストを抑制でき、また、国民経済を犠牲にするようなインフレ政策をとらない姿勢を示すことができる。まだ市場の厚みに欠ける分のプレミアムを政府が当面負う必要はあるが、発行再開を目指す意義は非常に大きい。
ただ、今後発行される物価連動債は、デフレフロア(償還時の名目元本保証)が付された商品性が予定されている。デフレフロア自体は英国の物価連動債を除けば国際標準だし、投資家が名目元本割れのリスクを回避できるオプション分だけ政府のコストは小さくなる。しかし、デフレ脱却を目指すと政府が強く宣言しているのに、投資家に需要されるためにデフレフロアが必要というのは皮肉な状況ではないだろうか。
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