令和の殖産興業の評価に必要な視点
2026年09月02日
2026年7月、高市早苗政権は、AI・半導体など17分野で2040年度までに累計370兆円超の官民連携投資を目指すとの成長戦略を打ち出した。
たしかに、現在の日本は設備投資の一層の拡大が課題とされている。人口減少が今後も予想される状況で日本経済が持続的に成長するには、資本ストックの蓄積を通じて労働生産性を高める必要がある。
無論、政府は万能ではないため、幅広い分野を支援すれば失敗案件も多くなるだろう。「政府は採算が取れるかどうかわからない投資を控え、規制改革などの環境整備に注力すべきだ」という批判も出てこよう。
しかし、政府の投資は採算性だけで考えるべきだろうか。150年前を振り返ると、明治政府は欧米列強に対して産業面でのキャッチアップを目指し、多数の官営工場を設立した。いわゆる「殖産興業」である。政府主導で製糸、鉱山、造船など様々な分野で事業が展開され、その多くは採算が取れなかったようだが、インフラの整備や技術者の育成、近代的経営手法の普及などによって日本の工業化が進んだ。経済学の表現を借りれば、政府投資によって資本ストックが拡大し、人的資本も蓄積されるとともに、TFP(全要素生産性。技術革新やノウハウなど)も向上したということになろう。1872年に操業が始まった富岡製糸場も当初赤字だったが、技術者の養成などを通じて、その後に日本が世界最大の生糸輸出国となる上で重要な役割を果たした。
もちろん、民間の役割も大事である。明治期にも渋沢栄一や岩崎弥太郎、五代友厚らが様々な企業を設立して、日本の近代化に大きく貢献したのは論を俟たない。だが、例えば基礎研究などは、目先の成果は期待しにくいが中長期的には社会全体に裨益する。企業に任せると採算性を重視するあまり、社会的な最適水準まで投資が行われない可能性も出てくる。
政府であっても投資効率は意識すべきだが、ある程度は失敗を織り込みつつ、日本経済のためにリスクを取って投資することも肯定され得る。個々の事業の採算性のみではなく、経済成長の基盤を整備できるかどうかも判断基準とすべきだ。
明治の殖産興業は、製糸や造船、鉱業を通じて近代産業の礎(いしずえ)を築こうとしたものだった。AIや半導体を中心とする高市政権の成長戦略も、令和の時代の殖産興業と考えることもできる。それを評価する際には、事業の採算性だけではなく、人的資本や技術、資本ストックといった日本経済の基盤を強化できるかという中長期的な視点が重要となろう。
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経済調査部
経済調査部長 末吉 孝行
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