米国はなぜ円買い協調介入に踏み切ったのか
2026年08月07日
日米両国の通貨当局は7月31日に、円買いの協調介入を実施した(※1)。協調介入は2011年の東日本大震災直後以来、約15年ぶりとなる。協調介入に関して、ベッセント財務長官は自身のSNSで「円の無秩序な動きに対抗した」「円の大幅な過小評価を是正するための日本による措置を強く支持」と説明し、トランプ大統領も友好的な日本を助けたと述べた(※2)。こうした説明を踏まえれば、円安是正と同盟国支援が米国の介入理由であったようにみえる。
しかし、この理解だけでは本質を見落とす。米金利上昇、エネルギー価格上昇に伴う日本の経常収支悪化、財政懸念などを踏まえれば、円安は一定程度ファンダメンタルズに沿った動きでもあった。筆者が7月末に市場関係者にヒアリングした際も、160~165円/ドルであれば妥当との声が多かった。足元ではドル円のボラティリティ上昇も顕著ではなく、米国側が円の動きを無秩序なもの、あるいは過度な円安と認識する状況だったとは言い難い。
また、「友好国だから助けた」という説明にも限界がある。トランプ政権は友好国・同盟国であっても米国の利益に沿わなければ圧力をかけてきた。日本や韓国は追加関税の対象から除外されず、NATOの防衛費負担を巡っても強硬姿勢が目立つ。ここにきてトランプ政権が、友好国・同盟国配慮を最優先する姿勢に転じたとは考えにくい。
米国側の本当の関心は、米国債市場の不安定化回避、とりわけ米金利上昇の抑制にあったと筆者は考えている。米国では足元、金融引き締めへの再転換観測に伴う期待短期金利の上昇に加え、財政赤字拡大への警戒から国債需給等を反映する10年債タームプレミアムも高水準にある。米国債の安定消化が重要性を増す中、主要国の中で最大の米国債保有国である日本の行動は米国にとって無視できない。
ここで問題となるのは、日本の円買い介入の原資である。日本の外国為替資金特別会計のドル資産の大部分は米国債で運用されている。日本が単独で大規模な円買い介入を行い、米国債の売却が意識されれば、それ自体が米金利の上昇圧力となりかねない。米国からすれば、円安そのもの以上に、日本の介入が米国債売却を通じて米金利上昇圧力を強めるリスクの方が、看過しにくかった可能性がある。
この見立ては、米国がドル売りではなくユーロ売り・円買いを実施したとされる点とも整合的である。米国側がドル売りで円買いに加われば、介入原資を巡って米国債市場への悪影響が意識されやすい。他方、ユーロ売りであればその連想は弱まる。加えて、日本の財務省が外国・国際通貨当局向けレポ・ファシリティ(FIMAレポ・ファシリティ)の活用を示唆したことも重要である。これは、海外通貨当局が米国債を売却せず、それを担保にドルを調達できる仕組みであり、為替介入に伴う米国債の需給悪化懸念を和らげ得る。
協調介入以降、ドル円レートでは円安圧力の緩和が見受けられ、両国の協力は一定程度奏功したと評価できる。しかし、日本が協調介入を円安対応の主軸に据えることは避けるべきだろう。仮に米国の目的が米金利上昇の抑制にあるなら、中東情勢の改善による利上げ期待の低下や、銀行規制緩和による米国債需給の改善などによって、その目的が別の経路で達成される可能性もある。その場合、米国の円安是正に対する協力姿勢は弱まり得る。日本が過度な円安を回避したいのであれば、協調介入に頼るのではなく、経常収支の改善、財政への信認回復、成長力の底上げを通じて、円のファンダメンタルズを改善することが不可欠となろう。協調介入はあくまで時間を買う手段にすぎず、その時間を日本がファンダメンタルズ改善に生かせるかが問われている。
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経済調査部
主任研究員 矢作 大祐

