自分とは「異なるかたち」で社会貢献する人にリスペクトを

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2026年04月27日

筆者が研究員として日頃から考え方の柱に据えているものが、表題の「自分とは『異なるかたち』で社会貢献する人にリスペクトを」という視点である。

税や社会保障の議論では、個人や世帯、個別の企業などの負担や給付の増減が注目され、異なる立場同士の対立を生みやすい。制度改正による自身への影響に関心を持つのは当然だが、ここのところ、どこか自分以外に「敵」がいて、その「敵」が得をしている、楽をしている、日本社会に貢献していないかのような言説がSNS上に目立ってきていることに、懸念を抱いている。

代表例としては「子どものいる世帯と子どものいない世帯」、「現役世代と高齢世代」の対立が挙げられる。

子どものいる世帯は、子どもを育てて社会に送り出すことで貢献しているが、税や社会保険料によって社会に「自分の子ども」を育ててもらっている立場でもある。子どもが社会に出るまでに、保育所や学校などには子ども1人あたり年100万円程度の公費が投入されている(※1)。子どものいる世帯の大半は、これらの受益が自ら支払う税や社会保険料を上回っている。

子どものいない世帯は、それなりの税や社会保険料を支払っている一方で、社会保障給付を受ける機会は少ない。もちろん、長期間失業したり、重い病気になったりした場合は受益超過になるが、働いている間は受益よりも納める税や社会保険料のほうが多い「負担超過」となっていることがほとんどだ。子どものいない世帯は、自らの手で子どもを育てていないとしても、税や社会保険料によって貢献していることは忘れてはならない。

高齢世代に支給される年金の水準が現在高く、将来は低下する見通しであることに不満を抱く現役世代も多い(※2)。だが、いま年金を受け取っている世代は、いまより保育や教育の公的制度が整っていない中で、世代全体で人口を維持できるだけの数の子どもを育ててきた。

少子高齢化のうち「少子化」部分は、いま年金を受給している高齢世代に責任はないと考えることもできる。だが、少子高齢化による年金財政の悪化分については、マクロ経済スライドによって年金支給額を抑制し、高齢世代も含めた社会全体での「痛み分け」を求めている。

世代や立場の違いによって、日本社会への「貢献のかたち」は異なり、自分とは違う立場の者の貢献は見えにくい。筆者は、多様な視点からそれぞれの立場の「貢献のかたち」を伝えることで、無用な対立を避け、相互理解を進めるための手助けをしたいと考えている。

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是枝 俊悟
執筆者紹介

金融調査部

主任研究員 是枝 俊悟