石油が生んだ金融の仕組み—ペトロダラーとは何か
2026年05月25日
オイルマネーという言葉は金融市場ではおなじみの用語の一つだ。一般的には、産油国が原油の輸出によって得た資金のことをいい、こうした資金は主に世界の金融資産や実体経済への投資に向けられている。産油国はソブリンウェルスファンドと呼ばれる政府系投資ファンドを設立して、そのファンドを通じて主としてドル建て資産を中心とした運用を行っている。巨額の資金が動くため、世界の金融市場では、オイルマネーの行き先に常に大きな関心が向けられている。
一方で、市場関係者の間で必ずしも広く知られているわけではないが、石油に関連した用語にペトロダラーという語がある。これは、世界の原油取引がドル建てで行われることにより産油国にドル収入が蓄積され、それが国際金融市場に還流する仕組みを指している。すなわち、オイルマネーはペトロダラーという仕組みによって生じた資金である。
歴史を紐解くと、戦後の国際通貨制度は米国主導のブレトンウッズ体制のもとで運営されることになった。この体制はドルを一定の価格で金と交換することを保証する金ドル本位制である。もっとも、資本移動の自由と金融政策の独立性を確保したまま固定為替レートを維持することはできないという、いわゆる国際金融の「トリレンマ」という制約があった。このため、この体制は1971年のニクソン大統領(当時)がドルと金の交換停止を打ち出したニクソンショックによって崩壊した。その結果、ドルは金の裏付けを失い、下落圧力にさらされることになる。
そうした状況のもとで、1973年10月に第一次オイルショックが起こる。当時の米国のキッシンジャー国務長官はサウジアラビアを極秘訪問し、1974年頃に石油の販売対価を事実上ドルに統一することをサウジアラビアと合意したとされる。これによりペトロダラーという仕組みが成立した。この石油のドル建て取引がその他の産油国に次第に広がり、慣行として確立していった。
ペトロダラーが米国にもたらした主な影響としては、①原油を買うためのドル買いニーズが生まれたこと、②産油国は受け取ったドルを運用するために米国国債を購入し、米国債利回りの抑制につながったこと、③米国の経常赤字をファイナンスする仕組みになったこと、④ドルを制裁手段として用いる力を与えたこと、などがある。
ドル基軸体制を支えたのは、米国の経済規模、米国への政治・経済面での信頼、流動性の高い金融市場の存在などが挙げられるが、ペトロダラーは、金による裏付けを失ったドルの国際的地位をエネルギーによって補強した仕組みである。
しかし、ペトロダラー体制にも揺らぎが生じている。米国からの制裁により原油輸出に制限が加えられているロシア、イランからの原油を購入した場合の決済には、人民元、ルーブル、UAEディルハム、ルピーなどが使われることもある。イランは、ホルムズ海峡の通航料の支払いを人民元か暗号資産で行わせると表明している。
こうした動きは、石油を通じて世界のお金がドルに集中するペトロダラー体制が徐々に変わり始めていることを示している。ただし、ドルに代わる通貨が直ちに現れるわけではなく、ドルを中心としつつも一部で別の通貨が使われる場面が増えていっていると理解するのがよいだろう。エネルギーと決済通貨の関係の変化は、国際金融の構造にも次第に影響を及ぼしていくと考えられる。
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政策調査部
主任研究員 山崎 政昌

