米国大手小売店の決算にみる、DEI施策の取り下げと売上高・株価の関係

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2025年06月06日

  • ニューヨークリサーチセンター 主任研究員(NY駐在) 鈴木 利光

米国に在住する多くの者にとってなじみ深い小売店の一つに、「ターゲット」がある。全米で7番目に売上高の大きい小売店である(※1)。スーパーマーケットとデパートの中間的な存在であり、様々な用途に対応していることから、筆者も定期的に利用している。

そのターゲットが、「プライド月間」(※2)を間近に控えた5月21日、本年度第1四半期(2月2日から5月3日)の決算を発表した。

結果は、売上高(新店舗分を除く)が前年同期比3.8%減(※3)となり、市場予想を下回った。これを受けて、株価(決算発表当日終値)は前日終値から約5.2%下落した(※4)。

同社CEOのコーネル氏は、同社が‘Diversity, Equity & Inclusion’(多様性・公正性・包括性、DEI)への取り組みを後退させたことに対する不買運動が、上記の結果に影響したことを認めている。

ターゲットはもともと、2020年に本格化した‘Black Lives Matter’運動以降、DEIを率先して推進しており、様々なDEI施策を導入していた。例えば、従業員に占める黒人の割合を20%に引き上げるという目標設定(2020年導入)や、黒人起業家によるスタートアップ企業の成長をサポートする‘supplier diversity program’(2021年導入)である。

しかし、反DEI方針を明確に掲げる第二次トランプ政権発足直後の1月24日、同社はこれらのDEI施策を取り下げている(※5)。これに反発した大規模な不買運動が、アトランタにある教会の牧師であるブライアント氏の呼びかけによって、3月上旬に開始された。同氏によると、イースター休暇にあたる4月18日時点で、20万人が運動への参加に署名したという(※6)。

こうした不買運動が、ターゲットの売上高減少にどの程度影響したのかは定かではない。消費者心理の冷え込みもまた、売上高減少の理由の一つと考えられるからである。ただ、‘supplier diversity program’の支援をきっかけにターゲットに自社商品を卸している黒人起業家の一人は、不買運動が始まってから、ターゲットにおける自社商品の売上高が30%ほど減少したという(※6)。

ターゲットに降りかかった、DEIへの取り組みの後退を一因とする売上高減少、株価下落という困難が、一般的な現象であると判断することは難しい。というのも、ターゲットの場合、生活必需品を取り扱っている小売店という「セクター要因」、かつ全米で7番目の売上高という「規模要因」が、こうした困難の発生に影響していると考えられるからである。これらの要因がなければ、大規模な不買運動が起きることもなかったであろう。

もっとも、ターゲットの事例は、「DEIへの取り組みの後退が売上高減少、株価下落につながりうる」という、米国大手小売店に対する特大のメッセージとなっているかもしれない。

(※1)‘2024 Top 100 Retailers’(National Retail Federation、2024/7/10)
(※2)6月を指す。毎年、世界各地でLGBTQ+の権利を啓発するイベントが実施されている。
(※3)既存店舗売上高は前年同期比5.7%減、オンライン売上高は前年同期比4.7%増であった。
(※4)Google Finance参照

(※6)‘How Target Boycotts Affect Black-Owned Businesses’(THE WALL STREET JOURNAL、2025/5/20)

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ニューヨークリサーチセンター

主任研究員(NY駐在) 鈴木 利光