「私の名前は“HENRY(ヘンリー)”」、高所得だが、裕福ではない

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2024年12月25日

“HENRY(ヘンリー)”という単語をご存知だろうか。もちろん単なる人名ではない。“High Earners Not Rich Yet(高所得だが、裕福ではない)”の略称だ。“HENRY”の定義は様々だが、米国で年収は少なくとも6桁(10万ドル以上)で、7桁(100万ドル)には満たない人々を指すことが多い。“HENRY”は高級品ブランドの主な購入層でもあり、マーケティングなどでも時折目にすることがある。Censusによれば、2023年時点において、家計の年間所得の中央値は約8万ドルで、10万ドル以上15万ドル未満は17%、15万ドル以上20万ドル未満は9.5%、20万ドル以上は14.4%を占める。年収で上位40%となれば、程度の差こそあれ、“High Earners”の仲間入りができるかもしれない。

“High Earners”に対して「たくさん稼いでうらやましい!」という声もあるが、“HENRY”を自称する人々は、“Not Rich Yet(豊かではない)”に重点を置き、自嘲の意味を込めて自称することも多い。米国では、いかに“HENRY”になるのを避けるかという書籍やテキストもあるくらいだ。The Wall Street Journal(※1)によれば、“HENRY”は年収こそ高水準だが、出費も多く、自身が想像していたほど豊かさを感じられていないとされる。そもそも高所得の職業は高学歴を求めることが多く、巨額の学生ローンが長年にわたって重荷になる。また、自動車価格や住宅価格等はコロナ禍前に比べて大幅に上昇している。そして、子供を持てば、養育費が上乗せされる。“High Earners”として、高級品や嗜好品を買うかもしれないが、それ以外にも日々の支払いに追われ、十分な金融資産を積み上げられず、生活にゆとりが持てなくなっているのだろう。

それでも“HENRY”に対しては「高インフレは皆が直面している」、「低中所得層の苦しさよりマシだ」、「節約すれば、余裕が出るはずだ」といった声も米国内では見られる。そうした意見もごもっともだ。しかし、“HENRY”が裕福になれないことは、米国経済・社会にとって深刻な問題になりかねない。たとえば、米国経済の屋台骨である個人消費の6-7割は所得上位40%が担う。コロナ禍後の高インフレで、低中所得層の消費は勢いをなくし、高所得層の消費が下支えしている。しかし、“HENRY”が日々の生活にゆとりを持てず、消費が息切れしはじめれば、個人消費の下振れリスクは高まることになる。また、“HENRY”の存在は、社会に対する不満を高め得る。そもそも成長や成功に対する渇望が強い米国において、高所得であっても生活にゆとりが持てないのであれば、挫折感は消えないだろう。そして、高所得層ですら裕福でないのであれば、低中所得層は一体どうすればいいのだろうか。

こうした中、11月の米大統領選挙では、米国経済を重視する有権者の多くが、トランプ氏に投票した。そして、2025年1月からはトランプ新政権が発足する。Tax Foundation(※2)によれば、トランプ氏の経済政策において、低中所得層は追加関税措置による不利益が大きい一方で、高所得層は減税策の恩恵が大きいことが想定される。しかし、トランプ氏の支持者は低中所得層であり、高所得層ばかりが恩恵を受けるような政策は実現が難しいかもしれない。トランプ氏の再登板を契機に、米国の人々の暮らしは上向くのだろうか。そして、“HENRY”は裕福になれるのだろうか。

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矢作 大祐
執筆者紹介

経済調査部

主任研究員 矢作 大祐