AIデバイスは何を競うのか——生活に残る端末の条件
2026年09月15日
私たちはどんな機器を通してAIと向き合うのか。その接点を、ここではAIデバイスと呼びます。眼鏡や時計、イヤホンなど形はさまざまですが、最も身近なのはスマートフォンです。ロボットのように現実世界で自律的に動く「フィジカルAI」も注目されていますが(※1)、本稿が取り上げるのは、私たちが日々持ち歩き、身につけるAIデバイスです。
その代表であるスマートフォンが静かに変わろうとしています。これまでスマートフォンは製品として成熟し、新製品ごとに性能向上や形の変化があっても、生活が変わるほどの違いは感じにくくなっていました。しかし、生成AIを基盤に、利用者の意図をくみ取って動くAIエージェントが、メール、予定、写真、地図、決済などをつなげれば、「アプリを自分で操作する端末」から、利用者の状況を理解して行動する端末に変わります。既に生活に定着しているだけに、その影響は一部のガジェット愛好家にとどまらず、多くの人に及びます。
その方向を象徴するのが、WWDC26で発表されたSiri AIです。GoogleのGeminiモデルを取り入れたAppleのAI基盤を活用し、利用者の文脈を理解して複数のアプリをまたいだ操作を担うとされています。端末内処理とPrivate Cloud Computeを組み合わせ、ユーザーデータの取り扱いにも配慮した設計です(※2)。AIが個人のデータに深く触れるほど、その保護は避けて通れません。生活に定着したスマートフォンへのAI統合を、プライバシーに配慮しながら進めるこの方法は、AIを広く届ける現実的な道筋の一つと言えそうです。
私はガジェットが好きですが、新製品にすぐ飛びつく方ではなく、購入は普及を見極めてからというレイトマジョリティです。そんな私がAIデバイスを意識するようになったきっかけは、CES 2024に合わせて発表されたrabbit r1です(※3)。手のひらサイズの専用AI端末で、音声で指示をすると、AIがアプリやWebサービスを操作する将来像を提示しました。
Humane Ai Pinは衣服に装着し、音声操作と手のひらへの投影表示を採用していましたが、サービスを終了しました(※4)。rabbit r1やAi Pinを含むこれまでの動きを見ると、少なくとも現時点では、スマートフォンを置き換えるというより、専用端末が何を補うのかを見る方が現実的だと思います。
PLAUD NotePinやGenspark SecondBrain Noteは、会話を記録・要約し、後の検索や作業につなげるという用途がはっきりしています(※5)。会議や立ち話など、PCや業務システムの外で生まれる気づきをAIが参照できる情報に変えれば、組織のナレッジ活用にもつながります。本稿では、こうした役割をAIが判断や行動に使う文脈を集める「コンテキスト入力」と捉えます。
一方、AI眼鏡の製品化は進み、Googleはパートナー企業とAndroid XRを用いたAI眼鏡を発表しました(※6)。かつてのGoogle Glassが先取りした眼鏡越しの情報体験は、AIエージェントが視界や会話を理解し、翻訳、案内、検索、アプリ操作まで支援する段階へ進んでいます。また、Apple Vision ProやMeta QuestなどのMR(複合現実)端末でもAIとの統合が進み、空間内での検索や対話、操作を支援する用途が加わりつつあります(※7)。
では、眼鏡が本命となるかというと、そう単純ではありません。Apple Watchなどの時計は健康・活動データを継続的に取得し、イヤホンはAIとの音声インターフェースになります。選択を分けるのは、得られる文脈の豊かさと、装着の好みを含め、利用者や周囲が負う負担との釣り合いです。
プライバシーと社会的な受け入れやすさは、その端末を使える場面の広さに直結します。周囲に受け入れられる端末ほど、結果として取り込める文脈も増えるからです。スマートフォン側でデータを保護しても、その仕組みは周囲には見えません。撮影・録音中であることを外から確認でき、確実に停止できる設計が欠かせません。
業務では、録音の周知・同意に関する方針を定め、保存期間や閲覧権限、外部AIへ送る情報の範囲も管理する必要があります。撮影・録音の表示や同意、データ管理は、カメラやマイクで周囲を認識し、人と同じ空間で動くフィジカルAIが向き合う課題でもあります。スマートフォンや専用端末での試行錯誤は、その先行例にもなるでしょう。
rabbit r1が登場した2024年以降、AIデバイスでは多様な形状が試されています。その中で、スマートフォンにはAIエージェントが組み込まれる一方、専用端末では、会話や視界などスマートフォンが拾いにくい情報を取り込む「コンテキスト入力」に特化する方向が見え始めました。その先の競争では、利用者や周囲に無理を強いることなく、どのような文脈を取り込めるかが問われます。
もっとも、中長期的にどの端末が中心になるかは見通せません。スマートフォンが専用端末の機能を取り込む一方、眼鏡や時計などのウェアラブル端末が独立性を高め、中心となる端末が変わる展開もあり得るからです。また、OpenAIには、ジョニー・アイブ氏が手がけたio Productsのチームが加わりました。これがどのようなAIデバイスにつながるかは、まだわかりません(※8)。
私自身、新製品の情報はこれからも追うと思います。ただ、実際に選ぶ際には、機能表よりも、毎日持ち出せるか、利用場面を周囲に説明しやすいかを重視するでしょう。「これなら使いたい」と思えること。それが、AIデバイスが一時的な話題に終わらず、生活に残るための条件なのだと思います。
(※1)内閣官房「戦略17分野における『主要な製品・技術等』の官民投資ロードマップ」日本成長戦略会議(第7回)資料3、2026年7月21日
(※2)Apple「Apple Intelligence brings powerful AI capabilities into everyday experiences」2026年6月8日
(※3)rabbit「introducing r1, a pocket companion that moves AI from words to action」(2026年8月31日閲覧)
(※4)The Verge「Humane is shutting down the AI Pin and selling its remnants to HP」2025年2月18日
(※5)PLAUD.AI「PLAUD.AI Introduces PLAUD NotePin: The Future of Enhanced Productivity is an Ultra-Light Wearable AI Device」2024年8月28日、Genspark「Introducing Genspark AI Workspace 6.0」2026年7月20日
(※6)Google「Intelligent eyewear with Gemini is coming this fall」2026年5月19日
(※7)Apple「visionOS 27 Preview」(2026年8月31日閲覧)、Meta「Learn more about Meta AI on Meta Quest」(2026年8月31日閲覧)
(※8)OpenAI「A letter from Sam & Jony」2025年7月9日
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イノベーション企画部
シニアITリサーチャー 木下 和彦

