AI時代の競争力を生むのは誰か? ~シリコンバレーとシアトルが示す「人材エコシステム」の力~

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2026年07月17日

2026年5月、シリコンバレーとシアトルで、NVIDIAやOracleなど先端IT企業を訪問した。かつての私はストラテジストとして機関投資家と共に、海外企業訪問で企業戦略や事業環境などを議論したものだったが、今回は当社のシステムエンジニアと共に、AIの進化に伴うシステム変革についての議論が主体となった。

AIの進化は目覚ましく、単なる技術革新に留まらない。従来の「AIは付加価値」という位置付けから、「AIありきで業務・システムを再設計する」段階へと構造的変化が起きている。企業の競争優位性は、AIネイティブな変革を実現できるかどうかによって左右される段階に入ってきた。また、AIエージェントの進展により、セキュリティリスクや規制対応の重要性も高まっており、統合的なセキュリティ制御の構築が不可欠になっている。こうした変化の中で、求められる人材も変わりつつある。従来の「AIを使う人」から「AIと協働する人」、さらに「AIを前提に組織を設計する人」へと重心が移っているのである。

技術の進化以上に印象的だったのは、それを支える人材と組織の在り方であった。訪問先企業のオフィスには、自由な発想や偶発的な交流を促す空間が広がり、高度な専門人材が切磋琢磨する環境が整えられていた。優秀な人材が集まり、その相互作用から新たなイノベーションが生まれ、それがさらに人材を引き寄せる。こうした好循環の存在を強く実感した。

米国ではイノベーション産業がひと握りの都市部に集中している。シリコンバレーでは、半導体産業からインターネット産業、さらにAI産業へとイノベーションの波が連続的に生み出されてきた。シアトルは、航空産業を牽引したBoeingから、ソフトウェア産業を代表するMicrosoft、インターネット時代を象徴するAmazonへと、時代ごとに革新的企業を生み出している。StarbucksやCostcoもシアトルを代表する企業である。なぜ、シリコンバレーやシアトルではこうした革新的企業が次々と生まれるのだろうか。

エンリコ・モレッティ(※1)は、シリコンバレーやシアトルなど、労働人口増加、投資増加、雇用増加の好循環が生まれている「浮かぶ都市」では、イノベーション系の雇用者1人に対し地域のサービス業で5人分の雇用が創出される「乗数効果」を実証した。さらに、優秀な人材が集積する都市では、知識や技能が人から人へと波及し、生産性向上や人的資本の蓄積が促されることも指摘している。シアトルが有する競争力の本質は、個別企業の成功ではなく、新たなイノベーションを生み出すエコシステムの形成にある。ワシントン大学を中心とした高度人材の供給、人材の流動性、住みやすい都市環境などが相互に作用してきたのだ。産業政策が設備投資を支援し、都市政策が人材を惹きつけるとすれば、企業には人的資本経営が求められる。イノベーションをもたらす人材を育成し、その能力を発揮できる環境を整備することが重要だ。

では、企業はイノベーション人材をどのように育成し、その能力を組織としての成果に繋げていくのだろうか。企業ごとに戦略やビジネスモデル、競争優位の源泉が異なる以上、必要な人材も一様ではない。Becker and Huselid(2006)(※2)は、人的資本と企業価値を結ぶ鍵は個別の人事施策ではなく「戦略実行」にあると指摘している。重要なのは、研修や評価制度そのものではなく、自社の戦略を実現するために必要な人材を定義し、その能力を組織の成果に繋げていくことだ。AI時代においては、高度専門人材を確保・育成し、イノベーションの創出や新たな価値創造に繋げていく環境整備が鍵となる。

日本では、2026年3月期の有価証券報告書から「連結ベースの企業戦略と関連付けた人材戦略」の記述が求められるようになった。企業は将来的にイノベーションを生み出せるのか。企業に求められるのは、経営戦略から成長領域を導き出し、それを担う人材像を定め、獲得・育成・配置へと繋げる。その結果としてイノベーションが創出され、企業価値向上へと結び付けるストーリーを示すことではないだろうか。

競争力の源泉は、イノベーション人材を惹きつける都市、イノベーション人材を育成する企業、そしてイノベーション人材を生み出す政策にある。高市政権の政策に問われるべきは「何に投資するか」だけではなく、シアトルで示されたように、「どのように人材が集まり、育つ環境をつくるか」である。企業においては、そのエコシステム形成の役割を担うのが人的資本経営となる。有価証券報告書における人的資本開示の本質は、人的資本がどのようにイノベーションを生み出し、企業価値向上に繋がるのかを説明する価値創造ストーリーとなるだろう。

<参考資料>

(※1)エンリコ・モレッティ・著、池村千秋・訳『年収は「住むところ」で決まる ─ 雇用とイノベーションの都市経済学』プレジデント社、2014年(原典:“The New Geography of Jobs”2012)
(※2)Brian E. Becker and Mark A. Huselid “Strategic Human Resources Management: Where Do We Go From Here?” Journal of Management, 2006, Vol. 32, No. 6, pp. 898–925

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山田 雪乃
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執行役員 リサーチ担当 山田 雪乃