「使わなくても困らない」生成AIを従業員にどう活用させるか

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2026年07月03日

一人暮らしを始め、毎日の食費を節約するために自炊を覚えた大学生。都市部からの転勤で公共交通機関が十分に整っていない土地に赴任し、通勤のために自動車の運転技術を身に付けた社会人。これらに共通するのは、必要に迫られて新しい知識や技術を身に付けたことだ。

一方、一般的なオフィスワーカーにとって、生成AIは「これがなければ仕事が回らない」という段階に至っていない。パソコンとインターネットがあれば、情報収集や企画書の作成、売上の計算など大抵の業務には事足りる。確かに、生成AIを使えばこれらの作業をより早く完了できるようになるかもしれないが、従来通りのやり方でも仕事は回る。日本企業で生成AIの活用が伸び悩むとされる一因は、この「使わなくても困らない」という特性にあるのかもしれない。

もちろん、従業員が最新の生成AIでできることを知らない、使い方がわからない、社内のセキュリティが厳しすぎる、などといった問題もあろう。しかし、仮にこうした障壁を会社側が取り除いたとしても活用が進まないとしたら、問題の本質は別にあるのかもしれない。例えば、従業員が生成AIの活用にメリットを感じていない、あるいは自分にとって不利益になると考えているケースだ。

実際、生成AIに限らず、技術導入一般においても、こうした構図を実証的に示した研究がある。パキスタンのサッカーボールメーカーを対象とした研究(※1)では、研究者たちは材料の無駄を削減できる新しい裁断技術を考案し、無作為に選んだ一部の企業に無償提供した。ところが多くの企業にとって明確な利益があるにもかかわらず、15か月後の導入率は驚くほど低かった。研究では、その重要な理由の一つとして、経営者と出来高払いの裁断工や印刷工とのインセンティブ不整合を挙げている。新技術は少なくとも導入初期には作業速度を落とすため、出来高制の下では給料が下がる。その結果として、労働者は経営者に対し技術の価値を過小に伝え、導入を妨げていた可能性が示されている。

このような構図は生成AIにも当てはまりうる。仮に従業員が生成AIで同じ仕事を以前より短時間で終わらせても、残業代が減ったり、給料は据え置きで新たな仕事が上乗せされたりと、自身の待遇が悪化する場合もある。この場合、彼らが生成AIを積極的に使うインセンティブは低いだろう。

ではどうすべきか。先の研究では、裁断工と印刷工に対し新技術の習熟を条件とした約1か月分の報奨金を支払ったところ、導入率が有意に上昇した。企業の売上から見れば極めて小さな金額だが、従業員のインセンティブを変えるには十分だったのである。

同様の話は生成AIにも通じる。報道によれば、ユニ・チャームや丸紅、三菱食品などでは、AI関連の資格取得を昇進要件や奨励金の支給対象に加えているという(※2)。こうした動きは、まさに従業員のインセンティブを変えようとする試みといえる。

さらに、常に進化を続ける生成AIに対して、従業員の継続的なスキル向上と活用を促すには、より根本的な対策が求められる。具体的には、労働時間や年齢よりも仕事の成果を待遇に反映させ、従業員が「生成AIに習熟して成果の質や量が上がれば、それに見合った待遇が得られる」と期待できるようなコミットメントを企業が示すことが重要である。

このように「使わなくても困らない」技術だからこそ、インセンティブ設計が活用の成否を分けるのではないだろうか。

(※1)Atkin, D., A. Chaudhry, S. Chaudry, A. K. Khandelwal, and E. Verhoogen(2017) , "Organizational Barriers to Technology Adoption: Evidence from Soccer-Ball Producers in Pakistan," The Quarterly Journal of Economics, 132(3), 1101-1164.
(※2)日本経済新聞 電子版「昇進への道はAI資格 ユニ・チャームや丸紅、企業主導でスキル底上げ」(2025年12月5日)

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新田 尭之
執筆者紹介

経済調査部

主任研究員 新田 尭之