メタン削減は気候変動対策の実効性を高めるか

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2026年05月08日

気候変動対策において、二酸化炭素と並びメタンへの対応が重要性を増している。メタンは大気中の寿命が12年程度と比較的短いが、排出後20年間でみると、同じ量を排出した場合の温暖化への影響は、二酸化炭素の約80倍に達する(※1)。このため、メタンの排出を抑制することで、短期的な時間軸で気温上昇を抑制する効果が期待できる。2021年に発足したグローバル・メタン・プレッジには159の国と欧州委員会が参加しており(※2)、2050年カーボンニュートラル実現に向けて、メタン削減は2030年までの喫緊の課題として位置づけられている。

人為起源メタンの主な排出源は、農業、エネルギー、廃棄物の3部門であり、農業が約4割を占め、エネルギー、廃棄物がそれに続く(※3)。このうち、エネルギー部門では化石燃料の採掘・輸送段階におけるメタン漏洩対策を中心に削減が進みつつある一方で、農業部門や、埋立地等を含む廃棄物部門の対策は、排出源の性質上、課題がなお残る。農業部門では、稲作(水田)や畜産といった生産活動に伴う排出が主要なメタン排出源となっている。水田では、水を張った状態で稲を栽培する過程で土壌が酸素の乏しい環境となり、そこで活動するメタン生成菌によってメタンが発生・放出される。また、畜産における消化管内発酵(いわゆる「げっぷ」)に伴う排出も、農業由来メタンの主要な要因の一つである。これらはいずれも生産活動そのものに起因するため、設備の修繕といった対症療法的な措置だけでは根本的な解決には結びつかない。食料生産の安定性を維持しながら排出を抑えるには、生産現場の運用に適した技術の導入と、それを支える経済的枠組みの両立が求められる。

こうした課題に対し、水稲の栽培期間中に一時的に水田から水を抜く「中干し」の実施期間を延長することで、メタン生成菌の活動を抑制する手法が注目されている。これは、水田の水管理を通じてメタン排出を抑制する取り組みの一つであり、大規模な設備投資を必要とせず、営農上の運用変更だけで排出削減を図れる点が特徴だ。国内では2023年にこの手法がJ-クレジット制度の方法論として承認され、水田由来のメタン排出削減活動をクレジット化することが可能になった(※4)。さらに二国間クレジット制度(JCM)においても、2025年に日比両国政府により、水田の水管理を通じたメタン削減を対象とする方法論が承認され、2026年3月にフィリピンで、当該方法論の下、同様の考え方に基づくJCMプロジェクトの本格事業化が公表されている(※5)。

こうした手法の制度化を実務面で支えているのは、排出実態の可視化に向けた技術基盤の整備である。データの蓄積や衛星観測の活用は、これまで把握に多大なコストを要したメタン排出を、客観的な管理対象として扱うことを可能にしている。このような制度と技術の整備は、サプライチェーンにおける実態把握の信頼性を高めるだけでなく、クレジット確保の選択肢を広げるとともに、現場の削減活動を加速させることにもつながるだろう。企業にとって、比較的早期に効果が表れやすいメタン対策を脱炭素戦略の一部として活用することは、2030年目標に向けた取り組みの実効性を補完する上で重要である。

(※1)Smith, C., Z.R.J. Nicholls, K. Armour, W. Collins, P. Forster, M. Meinshausen, M.D. Palmer, and M. Watanabe, 2021: The Earth’s Energy Budget, Climate Feedbacks, and Climate Sensitivity Supplementary Material. In Climate Change 2021: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change., p.16

(※2)Global Methane Pledge公式ウェブサイト(最終閲覧日:2026年4月10日)

(※3)United Nations Environment Programme and Climate and Clean Air Coalition (2021). Global Methane Assessment: Benefits and Costs of Mitigating Methane Emissions. Nairobi: United Nations Environment Programme, p.9

(※5)株式会社クボタ/クレアトゥラ株式会社/東京ガス株式会社「フィリピンにおける水田由来のメタン排出削減に向けたJCMプロジェクトの本格事業化について」(2026年3月5日付)

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依田 宏樹
執筆者紹介

金融調査部

主任研究員 依田 宏樹