秘密計算による「守りながら使う」データ活用戦略の可能性
2026年03月19日
生成AIや高度なデータ分析の普及により、企業や行政にとって「データをどう集め、どう活用するか」は競争力を左右するテーマとなった。しかし同時に、個人情報保護や機密保持との両立は避けて通れない。こうした緊張関係を乗り越える鍵として注目されているのが、秘密計算(Privacy-Enhancing Technologies: PETs)である。
秘密計算とは、データを暗号化・秘匿化したまま処理する技術群の総称で、MPC(秘密分散型計算)や同型暗号、TEE(機密実行環境)などが含まれる。従来のデータ分析では、複数部門や複数企業のデータを一カ所に集約する必要があった。その過程で情報漏えいリスクや管理コストが増大し、結果として「活用したいが共有できない」データが眠る状況が生まれていた。秘密計算は、このボトルネックを技術的に解消し得る。
最大のメリットは、データを“出さずに”分析できる点にある。各組織が元データを保持したまま、統計値や予測モデルなど必要な結果だけを取得できるため、データ集約に伴うリスクを抑制できる。これにより、①業界横断データによる高精度な需要予測、②希少疾患や不正検知のように単独データでは不足しがちな分析、③グループ企業横断での最適化など、これまで実現が難しかった分析が可能になる。データ量と多様性が増すことで、モデル精度の向上やバイアス低減も期待できる。
国内の制度動向も、こうした活用を後押しする方向にある。個人情報保護委員会は、個人情報保護法の見直しの中で、統計作成等に限定した第三者提供の在り方を検討している。本人同意に依らない提供を一定条件下で可能とする議論も進むが、そこでは目的限定や公表、目的外利用の禁止といった厳格な統制が前提となる。秘密計算は、こうした制度の枠組みの中で安全管理措置を補強する技術として位置づけられている。
また、プライバシーテック協会は、秘密計算をAI開発やデータ連携の基盤技術と整理し、プライバシー・インパクト・アセスメント(PIA)やAIガバナンスと組み合わせた実装を提言している(※1)。重要なのは、秘密計算を単体の“魔法の技術”と捉えるのではなく、契約、監査、ログ管理、出力制御といった統制と一体で設計することである。
留意すべきは、秘密計算を用いてもデータが直ちに「個人情報でなくなる」わけではない点だ。日本法上は、暗号化されていても個人に関する情報であれば個人情報に該当し得る。そのため、分析結果を統計情報等に限定し、再識別リスクを抑え、目的外利用を技術的・組織的に防ぐ設計が不可欠となる。
それでもなお、秘密計算がもたらす意義は大きい。これまでリスクや規制を理由に断念してきたデータ連携を、現実的な選択肢へと変えるからである。データを「守るか、使うか」という二項対立から、「守りながら最大限活用する」段階へ。秘密計算は、データ分析の量と質の双方を引き上げる基盤技術として、日本のデータ戦略を次の段階へ押し上げる可能性を秘めている。
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- 執筆者紹介
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デジタルソリューション研究開発部
チーフグレード 參木 裕之
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