成長投資を株主還元との見合いで考えるのは合理的か?
2026年03月16日
近年、日本の上場企業が配当や自社株買いを積極的に行っている。大和総研の調べによると、東証プライムまたはスタンダード市場に上場する企業の総還元性向(最終利益に占める配当総額と自社株買い実施額の比率)の中央値は、2015年の25.9%から2025年には40.0%に上昇している。
一方、このような株主への利益の還元を企業が強化する姿勢に対し、「将来の成長をもたらす設備投資や研究開発がおろそかになっているのでは?」とか「株主偏重を見直すべきでは?」との声もある。意見が分かれるのは自然だが、近年の一部の議論はやや単純化されすぎていないだろうか。以下では3つの視点から、株主還元に偏り、成長投資がおろそかになっているとする「見方」が誤解になっていないかを考えてみたい。
1点目は、「単年度の利益の配分比率で判断するのが良いのだろうか」である。大まかに、最終利益を配当として株主に還元するか、将来の投資等に向けて社内に留保するかという意味で、総還元性向(や配当性向)の上昇は、企業が株主還元を「より重視している」ことを示す。しかし、設備投資や研究開発の原資は、必ずしも単年度の利益で賄われるわけではない。保有する現預金、銀行からの新規借入、社債や株式の発行など、様々な調達手段がある。単年度の最終利益の配分比率が高まっているからといって、「日本企業は株主還元ばかりを進めている」と述べるのは言い過ぎだろう。
2点目は、「成長投資の成果には時間がかかる」という点である。仮に「成長」を売上高ではなく最終利益とし、主な「投資」を設備投資(≒減価償却費の増加)や研究開発費(≒一般管理費の増加)とすると、これらの投資は、短期的には営業利益を押し下げる要因になり、最終利益にも影響が及ぶ。以前、製造業の企業にヒアリングしたところ、「工場を建設しても、初年度は生産量が少なく、人材育成や不良率の高さから赤字になる。3年目で単年度黒字化、5年で累積損失(初年度から蓄積した純損失の合計額)を解消するのが目標」との声を多く聞いた。研究開発にしても同様であり、成長に寄与するのに相応の時間を要するケースが少なくない。
3点目は、「投資が目的化していないか」という視点である。旺盛な需要を理由に、工場の生産能力を引き上げる設備投資は、合理的な経営判断である。しかし、新設した工場の稼働率が想定通りに上昇しなければ、固定費が高止まりし、企業の収益を圧迫してしまう。現在、50~60歳代の経営層は、バブル崩壊後に日本企業の多くが直面した「債務、設備、雇用の3つの過剰」の処理を現場で経験してきた世代である。設備投資、研究開発、事業買収(M&A)などの大規模な投資に慎重になるのは、ある意味で自然な判断とも言える。
「企業は株主還元だけでなく、成長投資にも注力することが必要だ」という意見に異論を唱える人は少ないだろう。ただし、事業の特徴や競合環境、財務余力、社内の人材の経験などは企業ごとに大きく異なる。一律に「他社に比べて成長投資が少ない」と批判するのは適切とは言えまい。これから3月期決算企業の通期決算や株主総会のシーズンを迎える。市場関係者として、私たちも「責任ある積極財政」ならぬ「責任ある積極提言」を心掛けたい。
このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。

- 執筆者紹介
-
金融調査部
主席研究員 中村 昌宏

