「内巻」(破滅的競争)に巻き込まれる中国自動車業界
2025年06月11日
中国自動車工業協会によると、2025年1月~4月の自動車販売台数は前年同期比10.8%増(以下、変化率は前年比、前年同期比)となり、2024年の4.5%増から伸び率が高まった。これは、2024年7月に発表された自動車買い替えに対する補助金政策が奏功したものである。政府から購入者に対する補助金は、ガソリン車は1台当たり従来の0.7万元(2025年6月9日時点で1元=20.1円)から1.5万元に、EV(電気自動車)などNEV(新エネルギー車)は同様に1万元から2万元へと2倍に引き上げられた。
一方で、中国国家統計局が発表する自動車販売金額は低迷が続いている。2024年は0.5%減、2025年1月~4月も0.5%減であった。販売台数と販売金額の増減率の差は熾烈な価格競争によるものである。こうした中、5月23日にNEVメーカー最大手のBYDが今年3度目の値下げを発表し、業界を震撼させた。対象はNEVの22モデルであり、PHV(プラグインハイブリッド車)のセダン「海豹(シール)07」の値下げ率は34.0%に達した(価格は15.58万元→10.28万元)。この他、吉利自動車、奇瑞自動車など多くの自動車メーカーが追随し、価格競争が一段と激化した。
こうした中、中国自動車工業協会は5月31日、「公平な競争力維持と業界の健全な発展促進に関する提言」を発表した。具体的には、①全ての企業は公平な競争原理を厳格に守り、法規に基づく経営を行う、②優位企業は市場を独占せず、他の企業の生存空間を圧迫せず、他の経営者の合法的権利・利益を損なわない、③企業は法に基づき商品価格を値下げする場合を除き、原価割れの価格で商品を不当に販売したり、虚偽の宣伝で消費者をミスリードしたり、市場秩序を乱したりするなど、業界と消費者の根本的利益を損なってはならない、などとした。
中国語の「内巻」とは過剰な内部競争により、全員が消耗することをいい、英語の「Involution」の訳語である。自動車業界で起きているのは、行き過ぎた価格競争による不毛な消耗戦であり、収益率は大きく低下している。国家統計局によると、かつて7%~8%あった自動車産業の売上高利益率は、2024年は4.3%、2025年1月~4月には4.1%に低下した。「内巻」によって、①企業の利益を一段と圧迫し、技術革新(イノベーション)のための投資が抑制される、②製品の品質やアフターサービスの保証に悪影響を与え、業界全体の健全な発展を阻害する、③この結果、消費者の権利・利益を損ない、安全上の危険をももたらす、ことなどが懸念されている。
自動車メーカーの「内巻」は、部品メーカーやカー・ディーラーにも過度の負担を強いる。部品メーカーに対して、一方的な値下げの通告など、過酷な「下請けいじめ」が行われているであろうことは想像に難くない。ディーラーについては、全体の41.7%が2024年に損失を計上したと報道されている。これは赤字販売が主因だ。
中国の自動車産業はEVの伸長を背景に、スポットライトを浴びることが多いが、国内では「内巻」に巻き込まれ、疲弊しているというのが実情であろう。「内巻」の防止は、自動車メーカーの生存空間を拡大・維持するメリットがあるが、弱小メーカーの淘汰を遅らせる要因にもなり得る。NEVの完成車メーカーは2019年のピークには486社を数えたが、その後は大々的な淘汰が行われ、現在では40社~50社に減少したといわれる。それでも、量産体制が構築されているのは20社程度とされる。業界の集約はまだ道半ば、ということだ。今後、中国当局は競争原理と監督管理という二律背反的なバランスをとっていくことになるが、その匙加減はとても難しい。
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経済調査部
経済調査部長 齋藤 尚登