Scope3排出量の削減目標達成にカーボンクレジットは使えるようになるのか?

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2025年01月22日

脱炭素社会への移行に向け、企業はバリューチェーン全体の温室効果ガス(GHG)排出量の削減が求められている。中でも排出量に占める割合が大きいScope3排出量(その他の間接排出量、(※1))の削減はデータ制約等による難しさもあって取組みが進んでおらず、多くの企業にとって対処すべき課題となっている。

企業のGHG排出量を削減する手段として、カーボンクレジットの利用によるオフセットに期待する声がある。カーボンクレジットは、GHG排出量の見通しに対し、実際の排出量が下回った場合、その差分を「クレジット」として認証し、取引できるようにしたものである。現状、GHG排出量の算定・報告の国際基準であるGHGプロトコルは、GHG排出量の削減にカーボンクレジットの利用によるオフセットを原則認めていない。企業は、カーボンクレジットを自主的にオフセット等に利用もしくは利用を検討している状況にある。しかし、Scope3排出量の削減に苦労している企業が多いことから、多くの国際イニシアチブは、これまでのカーボンクレジット利用に関する厳格なアプローチから考え方を柔軟化させ、現実的な落としどころを模索しているように見受けられる。足元では複数の国際イニシアチブにおいて、Scope3排出量の削減へのカーボンクレジットの利用につき、既存ルールの見直し等の議論が進められている。

例えば、国際イニシアチブSBTi(科学的根拠に基づく目標設定イニシアチブ)は、SBTi企業ネットゼロ基準において、現状では、短期・長期の排出削減目標を達成するための削減にカーボンクレジットの利用を認めていない(※2)。しかし、同基準改訂プロセスの一環として2024年7月に公表したScope3ディスカッションペーパー(※3)では、サプライチェーンの排出量の削減にインセットクレジット(自社バリューチェーン内の削減/吸収プロジェクトから創出されたカーボンクレジット)を利用する方法につき議論されている。

また、国際イニシアチブVCMI(Voluntary Carbon Markets Integrity Initiative)は2024年9月、Claims Code of Practice(企業が信頼される形でボランタリークレジットを利用していることを示すための指針)の追加ガイダンス改訂版としてScope 3 Claimベータ版を公表した(※4)。これは、Scope3の超過排出量(排出量の実績と同時点における目標排出量とのギャップ)に対し、高品質なクレジットの利用を条件付きで認めるものとなっている(2038年までの経過措置)。

2025年にはSBTi企業ネットゼロ基準の改訂(v2.0)やVCMI Scope 3 Claimの最終化が予定されている。Scope3排出量の削減に取組む企業にとって、カーボンクレジットの利用ルールがどのように見直されるかは、今後の削減戦略に大きな影響を与えるものと考えられる。上述の例はあくまでもルール見直し過程の議論段階(もしくはベータ版)であり、改訂版(最終版)がどのようになるかは未知数ではあるが、引き続き今後の動向をフォローしておく必要があるだろう。

(※1)Scope1は自社によるGHGの直接排出、Scope2は自社が購入・使用した電力、熱、蒸気などのエネルギー起源の間接排出、Scope3はScope2以外の間接排出(自社事業の活動に関連する取引先等の排出)である。
(※2)SBTiの基準では、カーボンクレジットは、残余排出量の中和(大気からの永久的な除去・貯蔵による相殺)もしくは、バリューチェーン外の排出削減・除去(BVCM)のために使用できる。

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依田 宏樹
執筆者紹介

金融調査部

主任研究員 依田 宏樹