「裸官」と「裸老族」が炙り出す中国の深刻な内部矛盾
2015年04月22日
「裸官」と「裸老族」。似たような響きだが中身は全く異なる。
「裸官」とは中国で不正に資産をため込んで、妻子(時には愛人)と資産を米国、カナダなど先進国に移し、タイミングを見計らって本人も中国から出国しようとする(もしくは出国した)腐敗官僚・中国共産党員のことである。これまでの「裸官」全体の人数や不正蓄財・送金金額について、正式な統計はないが、中国社会科学院が2011年に発表した資料では、「裸官」を含む腐敗幹部は累計で1.8万人が海外に逃亡し、8,000億元(現在の為替レートで15兆円余り)を持ち出したとした。
「裸官」の代表とされるのは、龐家鈺・元陝西省政治協商会議副主席である。その腐敗ぶりもさることながら、地方の名誉職にあった人物が、容易に不正蓄財を行い、国外逃亡を企てることのできるルートが確立されていることに、衝撃が走った。
「裸官」の目的は投資ではなく、逃亡である。このため、「投資移民」等として「裸官」を受け入れた国にも、不動産価格が上がるばかりで、雇用創出や納税などで期待された効果が上がっていないとの不満は大きい。
習近平政権は、腐敗撲滅に大鉈を振るい、「トラ(大物)もハエ(小物)も叩く」は、あまりに有名なスローガンとなった。その一環として、「裸官」ら海外逃亡した犯罪者の身柄引き渡しと、送金された資金の返還を受け入れ国政府に求めようとするなど、追及の手が緩む気配はない。不動産景気に沸いた受け入れ国の一部地域では、一転して価格下落が懸念されるようになっている。
一方の「裸老族」とは年金など社会保障を受けていない農民工(農村からの出稼ぎ労働者)や高齢者のことである。
都市・農村の勤労者の年金加入率は、2008年の30%から直近では80%程度まで急速に上昇した。これは、今まで年金に未加入であった人々に、新たな年金制度を導入したためである。具体的には、2009年に農村住民社会年金が、2011年に都市住民社会年金が導入され、両者は2015年末には統合される計画となっている。地方政府と勤労者が拠出する新たな年金制度は16歳から積立を開始し、退職年齢(男性60歳、女性55歳)に達してから給付を受ける。所得代替率は20%~40%程度と低いが、今まで年金に未加入だった人々に広く浅く制度を導入した点は大きな前進である。
しかし、農民工はほとんどが蚊帳の外に置かれているのが現状である。国家統計局によると、戸籍地以外で働く農民工は2013年末で1億6,610万人だが、そのうちの実に84.3%が年金に未加入となっている。
「裸官」と「裸老族」の差は何処から生じるのか?中国社会が抱える極めて深刻な内部矛盾が炙り出されている。
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経済調査部
経済調査部長 齋藤 尚登
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