民主主義のコスト?:インドネシアのケース

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2014年09月10日

  • 児玉 卓

インドネシアでは、10月20日にジョコ・ウィドド新大統領が誕生する。2004年に初の大統領直接選挙が実施されて10年、最近では同国に民主主義が根付きつつあるというポジティブな評価も聞かれる。ただし、こと経済との関係に着目する限り、インドネシアの民主主義が有効に機能しているのかを疑わせる材料も少なくない。民主主義、端的には選挙制度の導入に伴い、ポピュリズム、利益誘導、汚職が助長されていないかが疑われるのである。

一つ注目せざるを得ないのが、近年、同国経済に占める製造業の比率が徐々に低下していることである。インドネシアの2013年の製造業/GDP比率(名目)は23.7%であった。2001年のピーク(29.1%)からは5%ポイント以上の低下である。2013年時点の近隣国ではシンガポールが18.8%、マレーシア23.9%、タイが32.9%であるが、シンガポールやマレーシアは、「工業化」の進展によって相応の所得水準の上昇を実現した後、同比率がピークアウトしたのであり、インドネシアとは事情を異にする(以上、数値の出所はHaver Analytics)。インドネシアでは工業化が十分進展する前に、時期尚早の「サービス化」が始まっているように見える。

中長期的な成長ポテンシャルとしてみた同国の最大の強みは、人口構成にある。人口の絶対数が多く、かつ若い。この強みを活かせる産業の代表格が、労働集約的製造業である。実際、マレーシア、タイなどの先行国は、生産年齢人口比率の上昇という「人口ボーナス」享受の機を逃さずに、製造業主導の高成長を実現し、その結果として、今の相対的に高い所得水準を達成している。その点、今のインドネシアには、中国の人口成熟化とそれに伴う労働集約財の競争力の減退という、格好の外部環境の後押しがある。長期にわたって中国がため込んできた労働集約的製造業拠点の再配置が進みつつあると目されており、インドネシアはその有力な受け皿の一つとなり得るからだ。

しかし、インドネシアではこうした潜在的な優位性と現実の展開がかみ合わずにいるように見える。そして、その背景の一つとして考えられるのが民主化である。民主化の揺籃期において、同国の政府資金の使われ方の優先順位が変化し、ポピュリズムへの傾斜が強まって、結果的に製造業基盤の拡充に不可欠なインフラ整備がないがしろにされているのではないか。

国連の予測によれば、インドネシアの生産年齢人口比率は2025年にピークを迎える。日本や中国を含め、東アジアでは同比率のピークが中期的な成長率のピークに概ね対応するという経験則が存在するが、それに従えば、インドネシアが労働集約的製造業をテコとした高成長を実現する上で、残された時間はさほど長くない。

もちろん、インドネシアにおける民主化が経済成長の逆風になっているとしても、いまさら同国がスハルト的な開発独裁に回帰することを望むのはナンセンスであり、インドネシアは民主化と成長促進の両立を愚直に希求し続ける他はない。最近の報道によれば、新大統領はさしあたっての経済政策として、燃料補助金の削減に高いプライオリティを置くという。これは、新政権の方向性を占う上で、格好の試金石となるだろう。燃料補助金の削減によって生じた財源を、インフラ投資に振り向けるのか、或いは負担の増大を強いられる家計に対し、現金支給など他の手段で補償を行うのかによって、新政権のポピュリズムとの距離が見えてくると考えられるからである。

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