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同時に動き出した多国間自由貿易交渉

日本はTPPとRCEPの懸け橋に

2013年05月29日

長谷部 正道

1.  厳しい結果となったTPP事前協議

TPP(環太平洋連携協定)については、本年4月に現在の交渉参加国11か国の事前協議をすべて終え、わが国は7月の第18回協議から交渉に参加できることとなった。しかし、TPPに参加するためには、既存の交渉当事国全部から交渉参加の合意を得なければならないという極めて不平等な条件を受け入れざるを得なかったため、わが国が交渉参加による実利を期待できる米国ばかりではなく、普通の二国間協議であればやすやすと要求を受け入れる必要もない国々の対日事前要求も受け入れなくてはならなかったという点において、日本の交渉当事者にとっては極めて後味の悪い交渉結果となったであろう。但し、個々の国との間の事前協議の合意内容については公開されていないので、唯一かなりの情報が公開されている日米事前協議の概要について検討してみよう。

2.  米国との事前協議について

自由貿易協定は本来双務的なものであって、日本ばかりでなく相手国の米国も国内市場を日本製品に対して開放しなければならないので、米国国内には、自動車産業を中心として、日本のTPP参加について根強い反対論があった。オバマ大統領は、こうした国内世論を抑え、日本のTPP参加を国内的に認めさせるために、2012年4月の日米首脳会談において当時の野田総理大臣に対して、牛肉、自動車、保険の3分野について、事前協議における具体的な成果を要求した。この結果、牛肉については本年2月に輸入規制の緩和が行われ、今後日本市場への米国産牛肉の輸出が約45%増加する(米国食肉輸出連合会)ことが具体的に予測されている。

また、自動車については、日本製のトラックについては、現在25%という極めて高率の関税が課せられているが、米国自動車産業の保護のために、こうした高率関税をTPP交渉で認められる最も長い期間をかけて段階的に撤廃すればよいことを日本は既に受け入れた。一方で、TPP交渉と並行して、日米間で自動車貿易について二国間交渉を進めることについて合意し、特別自動車セーフガードや日本政府の規制措置の透明性の確保など様々な論点について、今後厳しい対日要求がなされることが予想されることとなった。保険については、ガン保険など日本市場において外資系保険会社が相対的に優位を確保してきた分野について、かんぽ生命が日本郵政グループの一員として圧倒的な販売力を基に進出してくることを米国は強く警戒していたが、麻生財務大臣はこうした米国の意向を受けて、むこう数年間はかんぽ生命による新製品の申請を認めないと言明している。

こうして、日米事前協議においては、米国側の3大関心事項について既に満額回答を与えているほか、自動車分野以外にも、保険、透明性・貿易円滑化、投資等の個別分野で米国との並行二国間協議に入ることを合意させられている。一方、日本の得たものとしては、本年2月の日米首脳会合において、「日本には農産品、米国には一定の工業製品といった二国間貿易上のセンシティビティがあること」を確認しただけで、米国のトラック関税のような具体的な特例措置を日本のコメ等の農業製品について認めてもらったわけではない。

3.  期待される今後の巻き返し

相手側にTPP参加について同意してもらわない以上TPPに参加できないという極めて不利な状況下において、こうした一方的ともいえる事前協議の結果となったのは、そうした前提条件自体にチャレンジしなかった以上ある意味では不可避であり、今更、交渉担当者の責任を問うてみても仕方がない。既に交渉参加国の間で合意されている事項については、後から参加する日本に発言権が許されないとされているようであるが、交渉の行われている21分野のうち、既にほぼ合意に達したのは、貿易の円滑化、電気通信、開発協力、中小企業支援などの限られた分野であり、物品市場アクセス、知的財産権、競争政策、環境等の分野においてはまだまだ困難な交渉が残されているとみられる。

日本は後から交渉に参加して議論を混乱させないように、米国などから強く釘を刺されているようであるが、事前協議で各国に一方的にとられた分の失地回復をするためにも、7月以降の交渉においては、交渉者はつらいであろうが腰を据えて、嫌われようと、徹底して議論にクリンチしていく覚悟で交渉に当たってほしいと思う。昨年はTPP交渉が昨年中に終了することを前提に、合意内容のいかんにかかわらずTPPというバスに飛び乗るべしという乱暴な議論をする識者が多かったが、安倍政権においては、残された交渉期限を最大限活用して、国益のために最大限の交渉努力を行うと安倍首相自らが確約されているのは救いであり、ついては以下のことに留意して交渉を進めていただきたいと考える。

4.  今後の交渉に当たって留意すべき事項

(1)  交渉期限
現在、TPPの交渉は10月のAPECまでの妥結を目指すとされており、日本は7月の第18回協議も含めて、2回程度しか実質的に交渉のチャンスはなく、交渉の余地は限りなく限定されているという説が流布している。しかし、TPPの交渉期限については、過去既に2回順延されており、上記のようにいまだ交渉の妥結の見通しが立っていない分野が多く残っていること、米国国内では日本の交渉参加を受けてこの際日本に要求すべき事項について、6月9日を期限として、米国政府が国内の意見を募集しているような段階であること、オバマ大統領は米国議会から貿易交渉促進権限(TPA)をいまだ受けていないことを考慮すると、10月までの交渉妥結は事実上困難とみるのが妥当であり、10月交渉妥結を前提としない粘り腰の交渉姿勢が必要とされる。

(2)  RCEP等の交渉の場の積極的活用
折しも本年3月に日中韓FTA交渉が、同4月に日EU経済連携協定交渉が、同5月にRCEP(東アジア地域包括的経済連携)交渉が開始されたところであり、日本は米国陣営のTPPに参加するか、中国、ASEAN、EU等が主導権を握る他の自由貿易協定に参加するか、米、中、EU、ASEAN等のプレイヤーの間でキャスティングボートを持っている立場にあるといえよう。従って、TPPばかりではなく、その他の自由貿易交渉についても最大限尽力して、日本の国益のために最も有利な条件を引き出していくべきものと考える。TPPもRCEPもアジア太平洋地域の自由貿易圏(FTAAP)構築のための主導権争いと理解することができるのであり、TPP交渉の場においてあまりに日本にとって理不尽な要求がなされる場合には、TPPに参加せずRCEPにのみ参加することを有効な交渉カードとして活用すべきである。日本抜きのTPPというのは、経済的な影響力からして、FTAAPのたたき台にはなりえないのである。

(3)  誰に対しての「攻めの姿勢」なのか?
経済産業省は毎年、世界各国の不公正貿易慣行をまとめており、本年5月にも2013年版の不公正貿易白書が公開され、同報告を基にした経済産業省としての取り組み方針を作成している。その中で、米国やカナダなどのTPP交渉参加国の不公正貿易措置について是正を求めていくことを明確にしているにもかかわらず、本稿執筆時点(5月27日)で、新聞報道されている日本政府のTPP交渉方針の中の、日本が攻めるべき分野の項目に、こうした不公正貿易措置の是正が目標として十分に反映されていないことに深刻な懸念を感じる。一方で、投資規制の撤廃や、模倣品・海賊版対策の強化など、ASEAN諸国や中国などに要求すべき事項で、TPP交渉参加国の中では容易に合意形成ができるような事項を、TPPにおける攻めるべき分野として掲げられていることに素朴な疑問を禁じ得ない。あくまで現段階では新聞報道であり、正確な情報ではないのだが、TPP交渉で安倍首相が攻めるべき点は国益をかけてしっかりと交渉すると言明されているにもかかわらず、長年にわたって、経済産業省が不公正貿易慣行であると認定しているような事項についてわが国がTPP交渉において攻めるべき事項に十分反映されていないとするならば、米国の不公正貿易措置に対しては議論を臨まずに、米国の意向を受け入れてできるだけわが国に対する要求を抑えてほしいという迎合的な交渉姿勢と受け止められかねない。一方で、ASEAN諸国等の新興国に対しては、投資規制の撤廃など米国と足並みをそろえて「攻めていく」ということであろうか? ASEAN諸国等から見れば、世界第三位の経済国である日本こそ、米国に対してもきちんと正すべきは正すという正論を言うことを期待されているのではなかろうか?かつてはアジアのリーダーを標榜していた日本が「強きをくじき弱きを助ける」のではなく、「強きを助け、弱きをくじく」ような姿勢を見せれば、わが国に対するアジア諸国の求心力はさらに落ちて、RCEP等の場で中国の発言権がアジアの盟主としてますます強まるのは避けられないであろう。

(4)  わが国はTPPとRCEPを活用して先進国と途上国の懸け橋に
日本は、先進国の利益を反映して急進的な貿易自由化を標榜するTPPと途上国の立場も配慮して多くの国の合意に基づいて漸進的な自由化を目指すRCEPというFTAAPのたたき台となりうる二つの自由貿易交渉の場にともに参加しているという立場を最大限に活用して、米国的な立場とASEAN・中国的な立場が歩み寄れるような調整役を果たしていくことこそわが国の21世紀における立場を強化するものである。

わが国のように後から参加する国の意見表明の機会すら十分に与えないような自由化合意を少数の国で作り、ASEAN諸国等の他の国に押し付けていくような戦略は、途上国の立場を甘く見て中国と米国との対立により事実上頓挫してしまったドーハラウンドの失敗を、FTAAP交渉の場で繰り返すことになるのである。

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