アジア太平洋の「グリーン成長」戦略~タイのエコカー減税の事例

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2011年06月15日

  • 物江 陽子
今年の4月までの半年間、バンコクの国連アジア太平洋経済社会理事会(UNESCAP)にて、アジア太平洋の「グリーン成長」戦略を調査する機会を得た(※1)

業務に役立つ知識と経験を身につけ、人脈を広げて研鑽に励むため、UNESCAPに身を置かせてもらうことになったのは、昨年の秋のことだ。まさか総合証券グループに身をおきながら国連で働くチャンスがあるとは思わなかったが、上司から派遣に応募してみないかと声がかかり、是非にと手を挙げた次第だ。

アジア太平洋は世界人口の3分の2が居住し、中国やインドなど経済成長が著しい国を抱えるものの、深刻化する環境・エネルギー問題がさらなる発展に向けた大きな課題となっている。

一方、世界的な環境規制の強化を背景に、いくつかの国々は新たな成長市場として環境ビジネスに注目している。こうした状況の中、いくつかの国で「グリーン成長」を目指す試みが始まっている。

一例が、タイ政府が2009年から実施しているエコカー減税だ。需要喚起を狙った日本のエコカー減税とは違い、一定の基準を満たしたエコカー製造業者を対象に、最長8年間の法人税免税および最長2年間の関税減税を認める外資誘致策である。

厳しい認定基準にも拘わらず、魅力的な減税措置が奏功し、日系自動車メーカー5社が同制度への参加を表明、昨年1社が初の認定車の発売を開始し、他社でも工場の開設など生産開始への動きが出ている。

タイ自動車産業研究所によれば、同施策により2010年時点で690億タイバーツ(THB)、(約2,000億円)の投資がコミットされ、年間66万台の生産能力増加、113億THB(約320億円)の輸出額拡大、1万1千人の雇用創出の効果が見込めるという (※2)。仮に年間66万台が生産されることになれば、総生産台数が2010年並みとすると3割以上がエコカーになる計算だ。

タイは「アジアのデトロイト」とも呼ばれる自動車産業の生産拠点で、中でもピックアップトラック市場では大きなシェアを占めるが、金融危機後輸出が減速。タイ投資委員会は、ピックアップトラック市場に次ぐ新たな市場としてエコカーに注目、「2015年までにエコカー市場のトップに立つ」という目標を掲げた(※3)

この施策は産業の競争力強化と輸出振興に主眼を置くと見られるが、環境上の効果も期待できる。タイの環境基準は緩いと想像する方もあろうが、エコカー認定基準のCO2排出基準(120g-CO2/km)は、EUでも未達成の基準だ。欧州委員会は2007年、域内で製造される自動車のCO2排出基準を2012年以降130g-CO2/km以下とすることを提案した(※4) 。環境規制のさらなる厳格化を視野に、世界のエコカー需要を取り込もうとする当局の思惑が見え隠れする。

認定車の販売を開始した企業は現在2社にとどまっており、政策の効果を見極めるにはまだ時間がかかるが、厳しい環境規制を魅力的な減税と組み合わせることで、全体として環境改善と競争力強化に資する施策となる可能性があるのではないか。

(※1)UNESCAPは国連地域委員会のひとつで、アジア太平洋地域の約60カ国の加盟国から構成される。アジア太平洋地域の経済社会開発のため、国境を超えた政策課題に対して地域協力を促すのが大きなミッションだ。1947年の設立以来、タイのバンコクに本部を置き、600名以上の職員が働いている。
(※2)Tiasiri, Vallop (2010), ECO Technology for Future Vehicles, presentation at the 6th International Conference of Automotive Engineering, 29 March 2010, Thailand Automotive Institute.
(※3)タイ投資委員会へのインタビュー(2011年3月16日)より
(※4)EU (2011)CO2 emission limits on new vehicles.2011年6月13日アクセス

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