AIとデータが変えるサッカーの見方 -FIFAワールドカップ2026を通して
2026年07月16日
この一か月、FIFAワールドカップ2026™(以下、本大会)に少なからず熱狂し、寝不足気味の人も多かったのではないだろうか。ワールドカップは、世界最高峰のスポーツイベントであると同時に、最新技術が実社会でどのように使われるかを知るショーケースでもある。本稿では、サッカーにおける技術利用の進化をたどりつつ、一般のビジネスにも通じる示唆を考えてみたい。
サッカーは、試合の公平性を高める目的で、さまざまな技術が段階的に導入されてきた。ワールドカップの定点で見ると、2014年大会ではゴール判定技術(※1)が採用され、2018年大会では、主審の判断を映像で補助するVAR(Video Assistant Referee、※2)が導入された。さらに2022年大会では、半自動オフサイド判定技術(※3)や、センサーを内蔵したボール(※4)の利用が始まった。
選手育成の分野では特にデータ分析の活用が進んでいる。2021年には、世界中の選手やコーチが利用できるデジタル育成コンテンツとしてFIFA Training Centre(※5)が開設された。ここでは本大会の試合分析動画なども公開されている。この取り組みの中で、専門のデータ分析チームによる高度な分析も進められた。代表例が、データを専門家の知見と組み合わせて再解釈したEnhanced Football Intelligence、通称EFI(※6)である。本大会のニュースで見かけるゴール期待値(xG:シュートを打ったときの点が入る期待値。攻撃側に有利な状況であるほど1に近い値をとる。)やラインブレイク(相手フォーメーションの横ラインを突破するプレー。縦パス、クロス、ドリブルなど。)といった指標も、このEFIの一種である。2022年大会以降、これらのデータは試合後数時間以内に誰でもアクセスできるようになっている(※7)。
では、本大会では何が変わったのか。象徴的な例として、FIFA AI PRO(※8)とFIFA Power Rankings(正式名称:FIFA Power Rankings Powered by Aramco、※9)を取り上げたい。
FIFA AI PROは、前述の専門データEFIが蓄積された分析基盤に対して、自然言語で問い合わせができる分析支援ツールである。たとえば「ある選手が相手ゴール近くでどのようなパスを選びやすいか」と尋ねると、文章だけでなく、図を交えて回答する。グループリーグ終了時点で全参加国48チームに利用されており(※10)、各国間のアナリストリソース格差を縮小する狙いがある。まさに本大会において、勝敗を分けた重要な局面をAIで分析すると、どのような戦略的示唆が得られるのかぜひ聞いてみたいところだ。
FIFA Power Rankingsは、各選手のプレーをEFIのデータに基づき10点満点でAIがスコアリングする仕組みである。試合後にスポーツ紙などが選手採点を行うことがあるが、それをAIで行っているイメージだ。サッカー選手の価値を一種のスコアだけで測ることはもちろんできない。しかし、客観的な指標が加わることで、目立ちにくい貢献や、従来の印象論では評価されにくいプレーにも光が当たりやすくなる。高い評価を得た日本選手の活躍が正当に評価され、さらなる飛躍や活躍の機会につながっていくことを期待したい。
他にも観戦体験の面でも変化がある。たとえば、Referee Viewという主審目線の映像が中継に差し込まれるようになった(※10)(※11)。主審の目線映像を視聴者が共有できるため、臨場感が増すだけでなく、判定の背景を理解しやすくなる。また、センサー内蔵ボールは本大会でもVARに利用され、ゴール取り消しの判断に関わった事例がある(※12)。ほかにも、本大会の日本代表のオランダ戦で話題となった「鎌田の1ミリ」のような場面、すなわち得点者の判断が難しい場面においても、判定の支援ツールの一つとして用いることができるだろう。
これらの取り組みは、サッカーに限らず、他のビジネス分野の技術活用のヒントにもなる。先述した事例は、デジタルツイン、マルチモーダルなデータ統合、データプラットフォーム、データの民主化、ユーザー目線のデータ利活用といったキーワードで捉えると、他のビジネス分野にも応用可能な先端技術活用の事例になる。重要なのは、単にデータを集めることではなく、現場の意思決定や利用者の理解に役立つ形へ変換することである。
一観戦者としては、次のワールドカップまでに観戦体験がどのように変わるのかを想像するだけでも面白い。たとえば、得点シーンの詳細な過程の解説や戦術分析がリアルタイムかつ観戦者に合ったレベルで提示される、将棋の評価値のように選手交代やフォーメーション変更の価値が定量化される、スマートフォンを通じて自分の関心に合わせた解説を受けられ、試合中に質問できる、といった姿が考えられる。
ワールドカップは、スポーツイベントであると同時に、最新技術が社会に受け入れられていく過程を観察できる場でもある。今後もエンターテインメントやスポーツの分野で、どのように技術が使われ、体験や意思決定を変えていくのかを注視していきたい。
なお、本稿で取り上げたものを含め、FIFAの技術的な取り組みは公式サイトで紹介されている(※13)。
(※1)Goal Line Technology
https://inside.fifa.com/innovation/innovating-the-game/goal-line-technology
(※2)Video Assistant Referee
https://inside.fifa.com/innovation/innovating-the-game/video-assistant-referee-system
(※3)Semi-Automated Offside Technology
https://inside.fifa.com/innovation/innovating-the-game/semi-automated-offside-technology
(※4)Connected ball technology
https://inside.fifa.com/innovation/innovating-the-game/connected-ball-technology
(※5)FIFA Training Centre
https://www.fifatrainingcentre.com/
https://inside.fifa.com/talent-development/fifa-training-centre
(※6)Enhanced Football Intelligence
https://www.fifatrainingcentre.com/en/fifa-to-introduce-enhanced-football-intelligence-at-fifa-world-cup-2022.php
(※7)Match Report Hub: FIFA World Cup 2026™ - Group stage - FIFA Training Centre
https://www.fifatrainingcentre.com/en/fifa-world-cup-2026/match-report-hub.php
(※8)FIFA AI PRO
https://inside.fifa.com/innovation/innovating-the-game/fifa-ai-pro
(※9)FIFA Power Rankings Powered by Aramco
https://www.fifa.com/en/tournaments/mens/worldcup/canadamexicousa2026/power-rankings
(※10)テクノロジーパートナーであるレノボと共同開発した新たなイノベーションが、FIFAワールドカップ2026™で輝きを放つ
https://inside.fifa.com/innovation/news/lenovo-world-cup-2026-technology-ref-cam-player-avatars-ai
(※11)Referee View
https://inside.fifa.com/innovation/innovating-the-game/referee-view
(※12)FIFA Media – x.com(7/2 ポルトガル・クロアチア戦)
https://x.com/fifamedia/status/2072879095776764304
(※13)Innovating the game
https://inside.fifa.com/innovation/innovating-the-game
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デジタルソリューション研究開発部
チーフグレード 森岡 嗣人

