有価証券届出書の提出免除基準の引上げと残された課題

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2026年02月25日

金融商品取引法上、50名以上の者に対して新規発行有価証券の取得勧誘を行う場合には、有価証券の「募集」に該当し、有価証券の発行企業には有価証券届出書の提出が求められる(既発行有価証券の売付け勧誘等を行う場合にも、有価証券の「売出し」に該当し、同様に有価証券届出書の提出が必要となる)。ただし、発行価額(売出価額)の総額が1億円未満である場合には、発行企業の開示負担を考慮して、提出が免除される。

この1億円という有価証券届出書の提出免除基準について、2025年12月に公表された金融庁金融審議会の「金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告」では、スタートアップ・成長企業への資金供給を促進する観点から5億円へ引き上げることが提言された(加えて、5億円以上10億円未満の募集については、従来、1億円以上5億円未満の募集に適用されていた少額募集制度(連結財務諸表の記載を不要にするなど、簡易な様式による有価証券届出書の提出を可能とする制度)の対象とすることとされた)。金融庁は、提言を踏まえ、今の特別国会に金融商品取引法の改正案を提出する方針だ。

スタートアップ等への資金供給促進の一方で、投資者保護の要請があることを踏まえると、5億円への引上げは一つのバランスの取れた判断とも捉えることができる。現在、投資型クラウドファンディングの発行価額の上限は5億円とされているが、開示規制の免除基準が1億円となっているために1億円以上の投資型クラウドファンディングは事実上、実施されていない。提出免除基準の水準を5億円とすることで、この問題も解消されることになる。

しかし同時に、気になる点もある。

現在の1億円という水準は、もともと1億円であったものが、1989年の法律改正で5億円に引き上げられたのち、1998年の法律改正で再度、1億円に引き下げられたものだ。20数年を経て、ようやく1998年以前の水準に戻ることになるが、この間、有価証券届出書に掲載される財務諸表にかかる会計監査のフィーは増大し、また、会計監査の厳格化が進む中で、監査法人が会計監査を受嘱するハードルも上がっているに違いない。

諸外国の状況をみても、米国における開示規制の免除基準の水準は現在、1000万ドルとなっている。また、欧州のそれも800万ユーロとされ、さらに今後、1200万ユーロへの引上げが決まっている。日本の水準は、見直し後においても諸外国に比べてなお低水準ということになる。

もともと、日本における1998年の引下げは、インターネットの普及など有価証券の勧誘をめぐる環境の変化を踏まえて、開示規制の適用範囲を拡大し、適切な開示・投資者保護の下で資金調達が行われていくことを展望したものだったはずだ。しかし、実際には、開示規制が適用された途端、開示規制が適用される領域での資金調達自体が敬遠される結果となった。開示規制のあり方を考える際には、こうした開示規制特有の難しさということにも留意が必要となる。

5億円という水準で資金調達額と開示コストのバランスが十分に確保されていくのか、投資者保護の問題には開示規制以外の手法を組み合わせることで対応していくことが考えられないのか(米国では1投資家による投資金額に上限を設けることで開示規制を柔軟化させているなどの例がある)など、有価証券届出書の提出免除基準のあり方については、制度見直し後の状況をよく検証しながら、継続的に検討を行っていくことが求められる。

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池田 唯一
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専務理事 池田 唯一