米国家計で進む「消費のダウングレード(Consumption Downgrading)」

RSS

2025年06月25日

トランプ大統領による追加関税措置が米国家計を翻弄している。例えば、相互関税実施前の3月には駆け込み消費が増加し、4-5月にはその反動減が生じた。こうした駆け込みによる増減は一時的な変化と考えられる一方、構造的な変化として「消費のダウングレード(Consumption Downgrading)」が警戒されている。「消費のダウングレード」とは、消費者が経済状況の悪化や将来への不安から、より安価な商品やサービスを選択するようになる節約志向を指す。中国でも近年、「消費降級」が指摘されてきたが、米国でも同様の動きが指摘され始めている。

米国での「消費のダウングレード」の兆しとして、4月には中国の卸売ECプラットフォームのアプリのダウンロードが米国内で急増したことが挙げられる。これは、米国の消費者が値上げを避けるために、小売価格よりも安い卸売価格で商品を購入しようとする動きといえる。また、高級ブランドの米国内の売上高が冴えない一方で、米国版の100円ショップといえる1ドルショップの売上高が好調だ。低中所得層の顧客が多い1ドルショップは、追加関税措置による悪影響を受けやすいと目されてきたが、中高所得層の顧客の流入が増えたようだ。このほか、米国ではサマーバケーションの季節が到来しつつあるが、航空機を使った長距離旅行を控え、近場の自動車旅行へとダウングレードする傾向があるとの報道も見られる。「消費のダウングレード」は足元の経済統計では見えにくいものの、市場ではすでに意識されている。例えば、S&P500指数をセクター別で見ると、安価な製品中心の生活必需品セクターの株価は底堅く推移するも、高価な製品や裁量消費財の多い一般消費財・サービスセクターの株価は足元軟化が目立つ。

こうした「消費のダウングレード」が警戒されつつある中、トランプ大統領はTACO(Trump Always Chickens Out=トランプはいつもビビッて引き下がる)と揶揄されているように、追加関税措置をマイルド化させている。結果、関税率の引き上げによるコスト増も当初よりは抑制されるとの予想が広がり、ロイター/ミシガン大の消費者センチメントも直近では改善したことから、「消費のダウングレード」は一過性との見方もある。しかし、公表元のミシガン大学は、消費者は景気の下振れリスクを認識しており、警戒感は強いままと説明している。警戒感が続く一因として、相互関税の上乗せ税率の適用猶予は現時点で一時的な措置であり、適用が再開されるリスクが残ることが挙げられる。ベッセント財務長官は、一部の国・地域に対して猶予期間の延長もほのめかしているが、トランプ大統領は新たな関税率を一方的に貿易相手国・地域に送りつけるとも述べており、政権内でも政策の方向性が一貫していない。消費者にとっては、上乗せ税率の適用をトランプ政権が完全に撤回しない限り、不透明感は消えないだろう。そして、不透明感が長期化すれば、「消費のダウングレード」が家計の中で習慣化し、米国の個人消費を下押しするリスクは高まることになる。

なお、「消費のダウングレード」によって、一人当たりの消費額が抑制されても、人口が堅調に増加すれば個人消費全体は維持できるとの見方もある。近年は米国外からの流入増によって、全体の人口も堅調に増加していた。だが、トランプ政権発足以降、不法移民の流入が厳しく抑制されている。また、トランプ政権はハーバード大学の留学生の入国停止を指示するなど入国政策に関する不透明感が強い。自然増でも人口は緩やかに増え続けているが、米国外からの流入がなければ増加ペースは大幅に減速する。米国の人口増加が期待しにくい中、「消費のダウングレード」は個人消費、ひいては米国経済における当面の懸念材料といえるだろう。

S&P500のセクター別株価指数

このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。

矢作 大祐
執筆者紹介

経済調査部

主任研究員 矢作 大祐