「抜け穴」の大きすぎたインバウンド向け免税制度
2025年06月16日
もうかなり前のことになるが、夏休みをロンドンで過ごした。帰国の日、空港に向かうタクシーが大渋滞に巻き込まれてハラハラしたが、さらに焦ったのはVAT(付加価値税)還付窓口だった。空港併設の窓口は還付手続きを待つ人で長蛇の列、行列は建物の外まで続いていた。必要書類を手に並んだが行列は進まず、フライトの時間は迫る。1時間以上並んでようやく順番が回ってきたが、危うく帰りの飛行機に乗り遅れるところだった。ロンドン旅行で最も記憶に残っているのはロンドン塔でもパブのエールでもなく、大汗をかきながら空港内をゲートに向かって走ったことだ。
それに比べれば今の訪日外国人旅行客(いわゆるインバウンド)の買い物は何と簡単なことだろう。何度か、仕事で招いた外国の人を買い物に案内したことがある。「免税」と表示のある店で化粧品や市販薬をカゴに入れ、カウンターで簡単な手続きをするだけ、払うのは消費税抜きの金額だ。これはインバウンドの買い物意欲をかき立てるなと感心した。しかし同時に、その人から買えば自分も消費税抜きの金額ですむな、という考えが頭をよぎった。
案の定、日本国内での転売や出国時の税関検査逃れ、税金の滞納等の不正または不適切な事案が多発しているそうだ。税関検査逃れや税金滞納の事案は会計検査院の指摘を受けた。特に日本国内での転売行為については報道等でしばしば取り上げられ、批判が上がっている。免税制度は、インバウンドの消費拡大策として2014年以降拡充されてきた。しかし、一定の基準を満たせば市中の小売店(※1)が消費税抜きの金額での販売を可能とする現在の方法は、不正を誘発する「抜け穴」が大きすぎる。日本人はじめ日本国内在住者にとって不公平感のある制度ともいえる。
批判と問題意識の高まりを背景に、令和7年度税制改正によって、インバウンド向け免税制度は「リファンド方式」への転換が決定された。同方式は、大まかに言えば、免税店の許可を得た小売店は課税価格で販売し、出国時の税関で申告、確認の後に消費税相当額を返金する方式だ。同方式導入予定の2026年11月1日に向け、設備やシステムの整備、税関の運用体制、小売店等への周知等が急がれる。転売行為や税金滞納等の誘因となる「抜け穴」をふさぎ、インバウンドの方々が公平でクリアな方法で日本での買い物を楽しめるようになればと思う。
そもそも、現在の日本のように広く街中で免税の買い物ができる国は必ずしも多くない。米国では州政府が消費税に該当する税金の課税権限を持つが、外国人旅行者向け免税制度を設けているのは一部の州に限られる。EUには免税制度があるが、出国時の税関での手続き後に税金が払い戻される方式だ。中国でも出国時の税関で免税手続きが必要で、しかも還付率は高くない。そして英国では、今回調べたところ、EU離脱に伴って2020年末に外国人旅行者向け免税制度が廃止されていた。良くも悪くも、次の英国旅行では帰国時の空港到着時間にそれほど長時間の余裕を持たせなくても大丈夫になったということだ。
(※1)消費税のほか関税、酒税等も免税となる「空港型市中免税店」はこれに含まれない。
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