新春を迎えて

RSS

2025年01月01日

  • 理事長 中曽 宏

2024年の日本は、元日の能登地方を襲った震度7の地震、そして翌日の羽田空港での事故と心痛む出来事で始まったが、パリオリンピックでの日本選手団の活躍や、ドジャースの大谷翔平選手によるMLB史上初となる50-50の達成といった日本人を勇気づけるニュースもあった。政治や経済を見渡せば、米国の内向き志向、欧州主要国の政治不安、中国の景気減速、各地で続く紛争など、世界経済を取り巻くリスクは枚挙に暇がない。こうした中にあって、日本経済は持続的な成長に向けて、所得から支出の好循環が徐々に強まった。これを受けて2%の物価安定目標を達成する展望も拓けてきたことから、長期に亘って続けられてきた非伝統的金融政策は昨年すべて解除された。

振り返れば、「ゼロ金利制約」に直面した21世紀初頭に非伝統的金融政策の領域に踏み込んで以降は試行錯誤の連続だった。政策手段は、課題に直面するたびに改良を加えられ「イールドカーブ・コントロール」という最終型にたどり着いたが、あまりに長く緩和的な環境が続いたため、経済の活力が削がれたり、国債市場の機能が低下したりする副作用が生じた。それでも、やはり、非伝統的な金融政策による累積的な緩和効果がなければ、今私たちがようやく目にするようになった経済の好循環は生まれなかったと思う。

過去25年間の金融政策を総合的に評価することを目的に、日本銀行が2024年12月に公表した「金融政策の多角的レビュー」においては、非伝統的な金融政策が、当初の想定通りとはいかずとも予想物価上昇率を押し上げたことなどが示された。半面、今後の金融政策運営への含意として、非伝統的金融政策の定量的な効果が短期金利操作などの伝統的金融政策に比べて不確実であることなども記載されている。こうした評価は、当時政策を決定し実行する立場にあった私の実感にも近い。

日本経済は試練を克服しつつあり、金融政策は正常化に向けて転換されたが、その中で残された課題も明らかになった。とりわけ、もともとアベノミクスの下で目標として掲げられていた「成長力の強化」と「持続可能な財政構造の確立」については、これまでに十分な成果が上がったとは言い難い。財政・金融政策の一体的運営は、日本経済の試練を乗り越えるために必要ではあったが、いずれは将来の世代に負担が回るという意味でフリーランチではない。成長力の引き上げは財政健全化のための必要条件であり、その意味で2つの課題は相互に密接に関係している。金融政策の正常化はゆっくりとしたペースで進められることが明らかにされており、金融市場は当面は安定的に推移すると思われる。その時間的猶予を活用し、成長力の強化と持続可能な財政構造を確立するための取り組みを着実に推進していくことが必要だ。

対外経済政策の面でも課題がある。海外へ目を転じると、消費の二極化に象徴されるように一つの数字では捉えきれないような格差の拡大が世界中で蔓延し、それが社会の分断や政治の不安定化を招いているように思う。米国では大統領選でその根深さが露わになったが、同じような問題は多くの国で広がっている。そうした中で始動するのがトランプ大統領率いる新政権だ。「トランプ2.0」の発足を契機に、米国は「従来のグローバリゼーションが期待されていた経済便益を米国にもたらさず、むしろ格差拡大と競争力低下による貿易不均衡を招いた」との反省から、中国への対抗を軸に国際経済秩序の再構築に乗り出すなど、大きな展開に繋がる可能性がある。「国民の称賛を浴びた大統領」として名を残したいトランプ氏の願いを託されたベッセント財務長官らの政権チームが、その実現に向けた動きをリードすることになるかもしれない。

トランプ政権の経済政策の帰趨は予見困難ではあるが、仮にそうした展開になった場合には日本の立場と相容れない問題も生じると予想される。それだけに、主張を貫くために依拠すべき、きちんとした「戦略」が日本にあるか、といった点が問題だ。あらゆる事態に備えて、グローバルな潮流を的確に捉える情勢判断力を磨き、それに基づいて対外関係の安定と自らの経済的便益をバランス良く確保するために即応できるよう、譲れない一線を守る「プランB」も含めた独自の「戦略」を策定し態勢を整えておくことが必要だ。押し寄せる大きな変動に対して日本の準備は整っているのだろうか。この問いかけは、対外経済政策面だけではなく、企業経営にも投げかけられるべき2025年に向けた共通の重要な課題であろう。

以上のような内外の数多くの課題に直面しながらも、2025年の日本経済はインフレや金利の存在する世界へとさらに前進していくだろう。バブル崩壊後に生まれ、デフレの時代に育った世代でさえ、今では半数近くが社会人だ。昭和に職業人人生を送った私たち世代の責務は、日本経済の四半世紀に亘る試練から得た知見や教訓を彼らに伝えることにより、彼らのこれからの進路に道標を提供することだ。そこに込めるべきメッセージは、日本経済、あるいは日本人が努力をして本来持っている底力を発揮すれば必ず明るい未来が拓けるということだ。冒頭に述べた日本人アスリートの活躍はそのひとつの表れだろう。2025年は昭和暦に換算すると昭和100年になる。節目の今年が日本経済復活に向けた新たな時代の元年となることを期待したい。

このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。