企業の海外進出と貿易収支の関係
2012年05月21日
2012年4月に公表された貿易統計(財務省)によれば、2011年度の貿易収支は4.4兆円の赤字となり、過去最大の赤字額を記録した。巷間では、貿易赤字が今後も継続し、最終的には経常収支赤字に繋がるという意見も見られる(※1) 。その根拠として挙げられるものの一つに、企業が海外進出することによって、輸出額が減少するという考え方がある。
もちろん、多くの企業が生産拠点を海外に移し、日本での生産量を減少させる場合には、輸出額は減少するだろう。しかし、これまでの日本企業の海外進出は、むしろ輸出額を増加させる効果を持つこともあった。では、どのような場合に企業の海外進出が貿易収支の赤字幅を拡大させるのだろうか。
- 逆輸入効果:親会社等が、海外現地法人が生産した財を購入することで、輸入額が増加する。
- 輸出誘発効果:海外現地法人向けの部品輸出などで、親会社等から海外現地法人向けの売上が増え、輸出額が増加する。
- 輸出代替効果:日本で生産するはずであった財を、海外現地法人が代替生産することで、日本国内の生産量が減少し、日本の輸出額が減少する。
- 輸入転換効果:日本で生産するはずであった財を、海外現地法人が代替生産することで、日本の生産拠点の海外からの仕入高が減少し、日本の輸入額が減少する。
一般的には、このうちの輸出代替効果を大きいものと捉え、輸出が減少し、貿易収支の赤字幅が拡大すると考える意見が多いようだ。しかし、輸出代替効果が生じる際には、日本での生産が減少することから、同時に輸入転換効果が生じ、貿易収支に与える影響はある程度相殺される。
むしろ、これらの効果のうちで重要なのは輸出誘発効果である。生産工程が海外へと代替された場合でも、その生産工程で用いる部品や材料を日本から輸出すれば、輸出額は増加し、貿易収支は黒字方向へと推移する。いわゆる垂直的直接投資による海外進出では、この効果が大きく発揮されると考えられている。
実際にこれらの効果を試算してみると、企業の海外進出は2007年度まで、輸出誘発効果の拡大を通じて、順調に貿易収支の黒字幅の拡大に貢献してきたことがわかる。
また、2011年度以降はいくつかの仮定のもとで経済が推移した場合の効果を予測したものであるが、大きな構造変化が起こらなければ、企業の海外活動が活発化しても、貿易収支に与える効果はほぼ中立的であることがわかる(図表左)。
ただし、ここで前提としているのは2010年度の経済構造である。2011年3月11日に東日本大震災が起きてから、日本経済は大きな構造変化に直面している。電力問題は未だに解決の道筋すら見えていない。がれき処理や政策対応の遅れから、復興の本格化にはもう少し時間がかかりそうだ。
このような状況下では、企業の海外進出が、日本から部品や材料の調達を前提とせず、すべての工程を海外で賄う、水平的直接投資で行われる可能性がある。そして、もしそのような事態になれば、企業の海外進出は貿易収支の赤字幅を拡大させる方向に作用するだろう(図表右)。
このように、企業の海外進出が貿易収支に与える影響は、その進出の方法や企業行動によって変わってくる。震災以降多くの企業が海外直接投資やM&Aを増やしているが、それらの動きが国内の経済を活発化させるものであるか否か、しっかり見極める必要がある。

(注1)逆輸入効果 =海外現地法人から日本への輸出額、
輸出誘発効果=海外現地法人の日本からの輸入額、
輸出代替効果=海外現地法人売上高(日本向けを除く)×輸出代替率、
輸入転換効果=海外現地法人仕入高(日本からを除く)×輸出代替率。
(注2)輸出代替率は「海外事業活動基本調査」の調査結果より推計した値を用いた。
(注3)空洞化シナリオでは、以下の様な状況を想定している。
(1)海外現地法人売上高の通関輸出高に対する比率が上昇する。
(2)誘発輸出額の海外現地法人売上高に対する比率が下落する。
(3)輸出代替率が上昇する。
対して横ばいシナリオでは、上記のすべてが横ばいで推移すると仮定している。
(出所)経済産業省統計より大和総研作成
(※1)ただし、貿易収支の赤字化はそのまま経常収支赤字につながるものではない。詳しくは 齋藤勉「貿易収支赤字下で経常収支黒字は維持可能か」(大和総研レポート、2012年4月6日)参照。
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