消えた「貯蓄から投資へ」
2010年07月08日
6月18日に政府の新成長戦略~「元気な日本」復活のシナリオ~が閣議決定された。昨年12月に発表された基本方針に具体的な国家戦略プロジェクトと工程表を加えたものであるが、最も目立つ変更点といえば、基本方針の段階で6つだった戦略分野が7つに増やされた点である。その追加された戦略とは「金融戦略」であり、経済成長をマネーフローが支えるという考え方からすれば、一つの戦略として位置づけられたことは自然なことであろう。
しかしながら、金融戦略の具体的な中身をみると、やや違和感を覚えざるを得ない。それは個々の施策に対するものではなく、コンセプトにおいてである。政府の金融戦略のコンセプトは、金融仲介機関やプロ投資家のリスクマネー供給能力を向上させて、企業や産業の成長を支えようというものであるが、これはいわば「間接金融回帰」の発想であると筆者は感じる。かつて国を挙げて推し進めようとした「貯蓄から投資へ」すなわち直接金融のウエイトを引き上げようというコンセプトは、その「貯蓄から投資へ」の言葉とともに完全にどこかに消えているのである。
確かに、現実問題として、家計のリスクマネー供給の動きは停滞している上に、金融リテラシーもいまだ低水準と言わざるを得ず、家計が直接的にリスク資産を保有するよりもプロである仲介機関が投資を行ったほうが効率的で良い、という発想はわからなくもない。
しかしながら、家計のリスク負担を高めずに仲介機関にリスクマネーを供給させようとすれば、金融仲介機関にリスクを集中させ、結果として今般のような金融危機の再発を招く、という懸念が出てくる。米国のボルカールールなどは銀行へのリスク集中を避けるために銀行の自己勘定取引やファンド投資を制限しようという発想に基づいている。さらにもう一つ今般の金融危機で明らかになったのは、リスクマネー供給源の多様化の重要性であろう。金融が不安定化する中で、金融機関のリスクテイク能力が極度に低下し、企業金融にも一部支障が生まれたが、一方で家計は社債引受や株式購入を積極的に行い、相対的にリスクテイクの懐が深いことが示されたばかりなのである。
半分以上を現預金で保有する家計金融資産を少しでも日本の成長のために役立てようと思うのであれば、金融仲介機関ないしプロ投資家にお任せするということを前提に考えるのではなく、家計自らが考えて資産選択を行うということを奨励する発想が欠かせないのではないだろうか。家計が全体としてリスクマネーの供給に後ろ向きの社会であれば、その資金を預かった金融機関が積極的にリスクマネーの供給を行うとは考えにくい。資金の多くが国債投資に振り向けられ、“日本の成長を支える資金”にはほとんど向かわないという可能性すらある。「貯蓄から投資へ」というスローガンは使わないとしても、家計によるリスクマネー供給力の向上は日本の成長にとって必須の課題であることは揺るがないのである。
このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。

- 執筆者紹介
-
調査本部
常務執行役員 調査本部 副本部長 保志 泰
関連のレポート・コラム
最新のレポート・コラム
-
メタバースは本当に幻滅期で終わったか?
リアル復権時代も大きい将来性、足元のデータや活用事例で再確認
2025年06月11日
-
議決権行使助言業者規制を明確化:英FRC
スチュワードシップ・コード改訂で助言業者向け条項を新設
2025年06月10日
-
上場後の高い成長を見据えたIPOの推進に求められるものとは
グロース市場改革の一環として、東証内のIPO連携会議で経営者向け情報発信を検討
2025年06月10日
-
第225回日本経済予測(改訂版)
人口減少下の日本、持続的成長への道筋①成長力強化、②社会保障制度改革、③財政健全化、を検証
2025年06月09日
-
「内巻」(破滅的競争)に巻き込まれる中国自動車業界
2025年06月11日