消費税率を引き上げるのは難題である
2015年12月24日
16年度予算の政府案が本日決定される。年末の予算や税制の議論が決着したわけだが、最も話題となっているのは17年度からの消費税の軽減税率導入だろう。付加価値税の先輩である欧州では、複数税率が税制の効率性を損なっており、事務的・政治的なコストが大きいという反省が議論されているが、その教訓が生かされることはなかったようだ。
もちろん、軽減税率の検討は12年の税制抜本改革法で求められており、14年の総選挙でも与党各党のマニフェストで早急に検討するとされていた。それは低所得者対策にはならず、軽減対象の線引きが難しく、生産や消費といった経済活動へ歪みを与えるものであるとしても、私たちの民主主義の帰結として導入が決められたということである。
軽減税率ばかり注目されているが、実はインボイス制度導入に道筋がついたことが最大の成果ではないか。21年度からというのは遅すぎるように思うが、本来、インボイスは軽減税率の有無とは関係なく消費税制度への信頼を高める上で不可欠である。売手と買手の間で適正に税を転嫁するなど相互に牽制を働かせ、また、正確な仕入税額控除で益税を無くすことは税率引上げの条件である。
ところで、13暦年に1.4%だった実質経済成長率は、14暦年は0.0%(横ばい)に落ち込んだ。筆者は消費税率1%ptの引上げは実質GDPの水準ないし伸び率を0.3%pt程度引き下げると見込んでいたから(※1)、それよりは落ち込みが大きかった。だが、13年は所得が大して増えていない下でマインド改善に支えられて景気が回復していたことなどから、増税の影響は予想の範囲内だったと考えている。
少なくとも、増税前に大きな駆け込み需要があったことに言及せず、14年度の成長率が▲1.0%だったという年度ベースの数字で景気が格段に悪化したというイメージを語るのは不公正だろう。消費税率を引き上げる中でも、失業や企業倒産の減少傾向が維持されたことを素直に捉えたい。17年度についても、税率を5%から8%へ1.6倍に上げるのと、8%から10%へ1.25倍に上げるのとでは、その悪影響は後者の方が小さいとみておくのが自然だ。
家計の購買力を奪っているのは消費税なのだろうか。総務省の家計調査における勤労者世帯では、15年度(4月~10月の季節調整値による)は2000年度と比べて実収入が6.9%減ったが、可処分所得は10.1%の減少となっている(CPI総合による実質ベース、消費は8.3%の減少)。実収入より可処分所得の減少率の方が大きいのは、社会保険料が16.3%も増えたからだ。企業が賃上げをしても社会保険料が増え続けたのでは家計の購買力は増えない。国民的関心の強い消費税の負担増を進めることとのバランスをとりながら、社会保障制度を大きく改革する必要がある。
それにしても、消費税率を引き上げるのは本当に難題である。
(※1)例えば、大和総研「日本経済中期予測(2011年6月)」、中央経済社『税務弘報』2011年9月号「増税シミュレーションと制度・実務上の問題点」などを参照。
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調査本部
常務執行役員 リサーチ担当 鈴木 準
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