減税で喜ぶのは誰か~税をどう負担し合うかのリデザインが必要~

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2025年06月09日

  • 調査本部 常務執行役員 リサーチ担当 鈴木 準

昨秋の衆院選後に国民的な話題となった所得税の「103万円の壁」は、政治プロセスを経て最終的に123万円に引き上げられることなった。これに対する巷間での受け止めは様々だが、最も歓心を得たのは年金生活者ではないか。「壁」という言葉が象徴するように、思う存分働けるよう就業調整に対応し、また、労働者の手取りを増やすことに当初の眼目があったはずだが、それとは無関係の年金生活者も減税を享受できる。

毎年の年金額は、制度システムとして物価等の動きにスライドする仕組みになっている。だが、給与生活者だけでなく年金生活者についても、物価上昇に対応するものとして基礎控除がベースで10万円増額され、さらには、年金生活者に多い中低所得層に配慮した特例的上乗せが措置されたことで、ベースの10万円と合わせ最大で47万円の控除額拡大となる。

デフレからの脱却や賃上げに伴って所得税収が増えており、その一部を国民に還元せよとの声は根強い。では、その増収分の源泉はどこか。国税庁「民間給与実態調査」によると、コロナ禍に見舞われた2020年分から直近データの2023年分にかけての給与所得者(1年を通じて勤務した者)の源泉徴収税額は1.7兆円増えたが、その約7割は年収900万円超の層、人数にして7.8%の給与所得者の負担による。

給与から源泉徴収された税負担について、その3年間での増加幅を人数で除すと、年収300万円以下で0.1万円、300万円超600万円以下で1.1万円、600万円超900万円以下で3.5万円、900万円超1,500万円以下で12.7万円、1,500万円超2,500万円以下で57.3万円、2,500万円超で254.9万円。平成の時代に改正された給与所得控除の上限の設定・引き下げや最高税率の引き上げなどにより、所得税の再分配機能は強まっているように見える。

足元では参院選を控え、自民党以外の政党が消費税減税を声高に唱えている。減税は食料品に限るか一律か、時限的か恒久的かなど、各党の主張は様々だが、いずれもどれだけ効果が期待できるのかはっきりしない。税率引き下げは税込価格の低下で家計の実質所得を増やすが、それに対する限界消費性向が十分高くなければ費用対効果の悪い政策に終わる。しかも時限的減税の場合は所得増と認識されない可能性すらあり、その場合は期限が切れる直前での駆け込み消費とその後の反動減という無用のかく乱をもたらすだけだろう。

消費税の減税は社会保障制度の先行きへの不透明さを増幅させ、家計の消費や企業の投資に悪影響を及ぼすのではないか。また、金利が正常化する局面での大規模な減税が悪化した政府財政へのプレミアムを拡大させたり、時限措置であっても税率を元に戻すことが政治的に困難と市場が見透かしたりするなど、何かのきっかけで金利が急騰すれば設備投資や住宅投資に甚大な影響が出る。

47人の経済学者を対象に日本経済新聞社と日本経済研究センターが5月中旬に行った調査(「エコノミクスパネル 第5回」、2025年5月22日)によると、現状の経済状況に照らして消費税の一時的減税が適切かについて、「そう思わない」が57%、「全くそう思わない」が28%を占めたという。「そう思う」は2%、「強くそう思う」は0%であった。経済の専門家の常識と多くの政治家の意向は正反対である。

税負担は少ない方がよいが、社会保障をはじめとする一定水準の政府サービスを維持するには財源が要る。この間の税制論議は、歳出効率化と一体で考えたときに必要となる税収の規模が示されないばかりか、税を社会全体でどう負担し合うか、どのような税制が成長志向であるのかという視点が希薄に思える。経済と社会を維持・発展させていくために税制全体をどうリデザインするのか、各党には国政選挙の際に示してもらいたい。

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鈴木 準
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