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一見大きい政府が日本を救う

2009年10月05日

高橋 正明

現代社会には、失業や病気など個人レベルから、金融システム危機や環境問題といった大きなものまで、多種多様なリスクが存在する。ハーバード大学のMossが指摘するように、政府はこれらのリスクの多くを社会保障制度など様々な手段でマネージしている。

政府がリスクマネジメントを行うのは、政府のリスクマネジメントが民間よりも強力かつ効率的だからである(昨年来の金融経済危機を民間任せにしていたらどうなっていたかを想像すればよい)。政府のリスクマネジメントの財源は税金(社会保険料を含む)なので、「政府の大きさ」は、政府がマネージするリスクの大小によって決まってくる。

バブル崩壊までの日本は、高成長が続き高齢化も進んでいなかったため、個人や企業が感じるリスクも小さかった。しかし、現在では慢性的な経済停滞と急速な高齢化により、苦境に陥るリスクは高まる一方である。したがって、政府を大きくして増大するリスクを引き受けさせなければ、ババ抜きの敗者のように運悪く負け組に転落する個人や企業が続出してしまう(※1)

ところが、税の対GDP比を日米欧主要国で比較すると、日本はいまだにアメリカ並みの小さな政府である(グラフ上段左)。社会保障給付など、政府の個人へのリスク補償額を示す「公的社会支出」を比べても、やはり日米が低い(グラフ上段右)。

もっとも、公的社会支出は、「個人がどれだけリスク補償されているか」の実態を正確に示す指標ではない。これは、(1)給付が課税対象の国と非課税の国では、グロス給付額が等しくてもネット(純)給付額は異なること(※2)、(2)民間のリスク補償(アメリカの医療保険等)を含んでいないことによる。そこで、(1)給付をグロスからネットに、(2)私的制度からの給付も含める調整を施した「純社会支出」(※3)で比べると、政府の大小と社会のあり方では対極にあるアメリカと北欧がほぼ同じという意外な事実が判明する(グラフ下段左)。常識的には、北欧はアメリカよりも安心して生活できる社会なので、北欧社会のリスクマネジメントはアメリカより安上がりということになる。多額の税を要する北欧社会のリスクマネジメントは一見すると高コストだが、リスクマネジメントを政府に集中させているため、費用対効果は優れているのである。

グラフ「税収の対GDP比」「公的社会支出(グロス)の対GDP比」「純社会支出の対GDP比」

もっとも、この事実を日本人が受け入れることは感情的に難しいだろう。日本人の税金観はいまだに「悪代官が懐を肥やすために庶民から搾取する」という時代劇の世界にとどまっている(小泉元首相の人気も、腐敗した役人や悪徳商人を成敗する水戸黄門や暴れん坊将軍人気と同種のものだったのだろう)。税金のかなりの部分は「自分たちの生活を安定させるための必要経費」だという観念が浸透しない限り、安心できる社会の実現は望み薄である。

ケインズの『雇用、利子、および貨幣の一般理論』の最後に、「その正誤にかかわらず、世界を支配しているのは観念(ideas)だ」という言葉がある。アメリカでは、高コストや大量の無保険者の存在など、欠陥だらけの医療保険制度(※4)の改革が、「オバマはヒトラーだ」「アメリカをソ連にするな」と叫ぶ「政府の介入=社会主義」という観念に取りつかれた人々の反対にあって難航している(※5)。日本人から見れば滑稽ではあるが、将来不安に怯えながら「小さい政府」を志向する日本人も、合理主義者の北欧人から見れば五十歩百歩なのかもしれない。

(※1)企業が労働者にババを掴ませた結果が非正規雇用の増加、銀行がババを掴まないよう用心深くなった結果が貸し渋り(と国債保有の増加)である。政府がリスクを引き受けない限り、民間でのリスクの押し付け合いは終わらない。

(※2)生活保護費が10万円支給されても、所得税が25%、残り7.5万円の消費時に25%の消費税がかかれば、純支給額は6万円にしかならない。一方、生活保護費が非課税で消費税率が5%の国では、6.3万円を支給すれば純支給額は6万円になる。給付にも高率課税される国では、実態以上に給付が多く(政府が大きく)見えることに注意。

(※3)OECD “Net Social Expenditure 2nd Edition”, 2001, 翻訳版『純社会支出 第2編』(国立社会保障・人口問題研究所)

(※4)アメリカの医療保険制度は最高だ!(ニューズウィーク日本版)

(※5)米国(の一部)が医療保険改革に反対なのは「クレージー」だからか(gooニュースな英語)

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