人口学が警告する「日本の転落」
2009年04月27日
日々激しく変動する金融市場の動きを追いかけていると、短期的事象には敏感になる反面、長期的事象には鈍感になりがちである。しかし、人間の時間感覚では静止しているように見える氷河が、長期的には岩山を削り取るほどの破壊力を秘めているように、人間社会にも、日々の変化はごく小さいが、長期的には決定的な影響を及ぼすファクターが存在する。それは人口動態である。
経営論で名高いドラッカーが「これからの世界を左右する支配的な要因は…人口構造の変化である」と指摘した(※1) ように、人口構造変化は経済社会に極めて大きな影響を及ぼしている。一例を挙げると、日本を含む先進各国では、ベビーブーマー(日本では“団塊の世代”)が若者になった1970年前後に激しい学生運動が展開されたが、これは、人口学的には、「若者人口の爆発的増加は、社会の不安定化・暴力化を招く」と説明できる(※2)。
では、人口学が予見する日本の未来はどのようなものだろうか?
現在の日本は、人類史上類を見ない速さで少子高齢社会に突き進んでいるので、「若年人口爆発→社会の不安定化」のような経験則には頼れない。しかし、人口構成がどのように変化するかは、ドラッカーの言葉を借りれば「すでに起こった未来」としてほぼ確定している。国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、30年後の2039年には人口の過半数が55歳以上になる。これは日本が巨大な「準限界集落」と化すことを意味する。さらに、下の二つのグラフを見比べれば、少子高齢化が日本社会に与えるショックの途方もない大きさが理解できるだろう。2055年というと遠い先のように感じるかもしれないが、今年23歳の1986年生まれなら69歳である(まだ現役かもしれない)。発生が確実な巨大地震に備えて耐震補強をするように、社会保障制度などの経済社会システムを少子高齢化という巨大ショックに耐えられるよう「補強・免震化」しておかなければ、彼らの老後生活は「崩壊」しかねないのである。
1976年に『最後の転落』でソ連の崩壊を、2002年には『帝国以後』でアメリカ発の世界的金融危機を予見したことで注目されているフランスの人口学者エマニュエル・トッドも、2月末に放送されたNHKの『未来への提言』で、「日本が本当に恐れるべきは出生率の低下」「世界経済の問題以上に、日本の本当の問題は人口問題」と警告を発している。
だが、事の重大さに気付いていないのか、“elephant in the room”(問題の存在は誰の目にも明らかだが、大きすぎて手に負えないために皆が見て見ぬふりをする)心理なのかは分からないが、政府も与野党も、定額給付金、高速道路料金値下げ、政府紙幣など目先の需要喚起策には熱中するものの、人口問題は事実上スルーを決め込んでいる。
この現状に、トッドの「ソビエト連邦の崩壊のような重大な危機というのは、政権幹部が問題を解決しようとせず、先延ばしにした時に起きる」(※3)という言葉を重ねると、「トッド、日本の衰退予測も的中!」という未来が見えてくるようである。
(※1)上田惇生「すでに起こった未来を明らかにし備えることは可能」(3分間ドラッカー|ダイヤモンド・オンライン)
(※2)The Times “1968 violence: blame the bulge” by Daniel Finkelstein:さらに詳しくはグナル・ハインゾーン『自爆する若者たち—人口学が警告する驚愕の未来—』を参照(毎日新聞の「今週の本棚」)。
(※3)日本にも不良債権処理の遅れという前例がある。
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