全体最適の北欧・部分最適の日本

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2006年06月29日

  • 高橋 正明
日本人にとって、北欧諸国は理解しにくい社会のようである。日本人の常識では、税や社会保険料が重くなれば(国民負担率が高まれば)、社会の硬直化、経済活力や生活満足度の低下、政府不信の高まりが進むはずである。ところが、北欧諸国は世界最上位の所得水準や生活満足度を維持するだけでなく、スウェーデンの公的年金改革(※1)やデンマークの労働市場改革(※2)、紙パルプからIT先進国へと急変貌したフィンランドの産業構造改革など、柔軟性・革新性の点でも世界をリードしている。さらに、女性や障碍者の社会進出、短めの労働時間と充実した家庭生活・余暇活動、先進国としては高い出生率など、「豊かな社会」を実現していることは世界が認めている。なぜ北欧は国民負担率が高いにもかかわらず、「豊かな社会」を実現できているのだろうか。

この理由は意外と単純で、働かない人を少なくする社会システムが整っているからである。おそらく、大半の日本人は、「フル稼働できる人だけを集めて働かせる」ことを「効率的」とイメージしているだろう。だが、これではフル稼働できない人は労働市場から脱落するから、社会全体で見れば、労働力を死蔵させる非効率な方法である。また、無理をして働けば家庭生活が犠牲にならざるを得ず、少子化の一因になってしまう。北欧はその逆で、無理が利かない人には仕事量や勤務時間を減らしたり、一時休職を認めるなど、個々人の事情に応じた労働環境を提供することで、誰もが働き続けることを可能にしている。みんなが働くから、一人当たりの労働負荷は減り、長時間労働や過労死とは無縁で、充実した家庭生活が可能になる。“Work-life-balance”が良好だから、男女とも育児に十分な時間が割け、少子化も進みにくい。日本は各企業が個別に効率化を進める「部分最適」なので、社会全体では「合成の誤謬」をおこし、結果的には非効率になってしまう。一方、北欧は社会全体での効率化を優先した「全体最適」なので、企業単位では非効率に見えても、社会全体では合成の誤謬が避けられているため、非常に効率的なのである。

もちろん、出産・育児や病気で一時離職する人への所得保障、失業者への職業訓練・再教育など、労働市場からの脱落者をなくす費用は政府支出で賄われるから、国民負担率はその分だけ高くなる。しかし、その結果として多くの人を労働市場に投入し、高い生活水準を実現しているのだから、これは十分にペイする支出で、まさに「損して得取れ」である。一見すると高い国民負担率は、合成の誤謬を避けて豊かな生活を実現するための安い買い物(必要経費)といえる。

一方、日本は「自己責任」「小さな政府」など、部分最適を一段と強化する方向に向かっている。合成の誤謬を排して社会全体の効率性を高めるためには政府の適切な介入が不可欠なのだが、日本人は「政府の介入を減らせば減らすほど社会全体の効率性が高まる」という固定観念から抜け出せないようである。少子化対策など、部分的には北欧の制度をまねようという動きはあるが、その「魂」である全体最適思想を理解しなければ所詮は「仏作って魂入れず」で、その効果は限られてしまうだろう。

(※1)「概念上の拠出立て」という画期的な新方式で、世界的に注目を集めている。

(※2)労働市場の柔軟性(flexibility)と雇用の保障(security)を両立させた“flexicurity”として注目されている。

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