成長投資の先にあるもの ~AI時代に問われる「組織能力」~
2026年10月16日
日本企業の改革が、新たな段階に入っている。コーポレートガバナンス改革や東京証券取引所(東証)による「資本コストや株価を意識した経営」の要請(2023年3月末)などを背景に、資本コストを意識した経営は着実に浸透してきた。企業は投資家との対話を踏まえ、情報開示や株主還元を進め、事業戦略や成長戦略の見直し、既存事業の収益性向上などにも取り組んでいる(※1)。一方、投資家の期待はその先にある。2026年8月に東証が公表した企業・機関投資家アンケートを見ると、成長分野への投資や事業ポートフォリオ改革など、将来の価値創造に向けた経営資源の再配分には、なお投資家の期待とのギャップがある(※1、2)。日本企業改革の焦点は、資本効率を改善する段階から、資本と人材を成長領域へ振り向ける段階へと移りつつある。
これを登山に例えれば、日本企業は今、どのあたりにいるのだろうか。あえて平均像を描けば、2026年時点で「4合目」程度ではないか。資本コストを意識した経営やガバナンス改革では5合目近くまで進んだと評価できる企業もみられる。先進企業はさらに上を行くものの、企業間のばらつきは大きい。事業(成長領域への集中)・資本(選択と集中)・人材(動的な配置・育成)を一体的に組み替え、新たな成長事業を生み出し、それを世界で成長させていく力は、なお道半ばである。
次の5~6合目で求められるのが、成長投資、事業ポートフォリオ改革、人的資本経営を一体として進め、経営資源を成長領域へ動かすことである。経済産業省の「成長投資ガイダンス」は、資本効率の改善に加え、資本コストを上回るリターンが期待される領域への経営資源の再配分や、設備、研究開発、人的資本などへの成長投資を重視している(※3)。人についても同様だ。内閣官房・金融庁・経済産業省「人的資本可視化指針(改訂版)」では、経営戦略を基に「あるべき組織・人材の姿」を明確にし、必要な人材戦略や人的資本投資に繋げることが求められている。人的資本への投資もまた、成長投資として位置づけられている(※4)。
ただし、資本と人材を成長分野へ移せば、自動的にイノベーションが生まれるわけではない。ここから先の7~8合目こそ、今回強調したい「組織能力」の領域である。これは、「ダイナミック・ケイパビリティ」と呼ばれる、環境変化に応じて様々な経営資源を絶えず組合せ直し、新たな競争優位につなげていく力を重視する考え方にも通じる(※5、6)。優秀な人材を揃えても、イノベーションを繰り返し生み出せる企業と、そうでない企業がある。違いを生むのは、顧客や事業経験から学び、新しい可能性を小さく試す力、進捗を見極めて撤退や追加投資を判断する力、社内外の技術や知識を組み合わせる力、M&Aや外部人材を通じて得た能力を社内に吸収する力、そして成功した事業を世界へスケールさせる力ではないだろうか。個人の能力を「保有する」だけでなく、それらを結び付けて価値に変える力、それがここでいう組織能力である。
AIの普及は、この重要性をさらに高める。一人ひとりの仕事の効率性がAIによって高まるほど、企業間の差を生むのは個人能力の単純な足し算ではなくなる。AIによる効率化で生まれる人材余力を成長分野へ動かし、人と人、人とAI、社内と社外の知識を組み合わせる。AI投資と人的資本投資を一体的に捉え、「どれだけの人員を配置するか」から「人とAIを組み合わせて何ができる組織なのか」へと、経営の視点を変える必要がある。
その際、人材の流動性や雇用慣行が異なる欧米企業と、すべて同じ方法である必要はないだろう。日本企業が培ってきた長期的な人材育成、組織に蓄積された知識、人と組織との信頼関係を残しながら、社内で人材をより速く成長領域へ動かし、学び直しを促し、必要な能力は外部からも取り込む。「信頼」と「変革のスピード」を両立できれば、それ自体が日本企業の組織能力になり得る。
資本コストを意識した経営から、事業ポートフォリオ改革、成長投資、人的資本経営へ。そして、投じた資本と人材を、継続的なイノベーションへ変える「組織能力」へ。世界の社会課題を解決する新しい事業を繰り返し生み出し、それによって企業価値を持続的に高めることを山頂とするなら、日本企業の改革はまだその途上にある。これまで積み重ねてきた改革を土台として、日本企業は今、さらなる高みを目指す段階に入ってきているのではないだろうか。
(※5)David J. Teece, Gary Pisano and Amy Shuen, “Dynamic Capabilities and Strategic Management,” Strategic Management Journal, Vol.18, No.7, pp.509-533, 1997.
(※6)入山章栄『世界標準の経営理論』ダイヤモンド社、2019年
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