大量保有報告制度のエンフォースメント
2023年10月30日
金融商品取引法の研究者の甲とその旧友で上場会社の総務部長の乙との対話
甲:わが国の公開買付けや大量保有報告のあり方について検討している公開買付制度・大量保有報告制度等ワーキング・グループの審議も大詰めを迎えている。その中で、大量保有報告制度の実効性(エンフォースメント)を確保するため、違反者の議決権を停止する措置を支持する有識者の声は思ったよりも強いようだ。
乙:それはありがたい。ぜひ、実現してもらいたい。大量保有報告書を提出せずに息を潜めていて、突然、敵対的買収を始めるようなことは、何としてもやめさせるべきだ。
甲:乙の気持ちは理解するし、株券等保有割合が5%を超えたら必ず報告を行わせる上で、議決権停止は確かに有効な手段だと思う。しかし、その制度設計は難しい。
乙:どうしてだ?
甲:まず、議決権停止の発動の仕方が問題だ。例えば、発行会社の申立てにより発動するとすれば、発行会社の経営陣にとって都合が悪い株主に対してだけ申立てを行い、経営陣を支持する安定株主に対しては申立てを行わない、という選択的な対応がとられる危険性がある。
乙:理屈はわかるが、実際に大量保有報告を怠るのは、敵対的買収を狙うファンドくらいではないのか?
甲:とんでもない。2022年6月1日~2023年5月31日までの1年間で、大量保有報告書(一般報告)で137件、変更報告書(一般報告)で754件の報告遅延が発生し、どちらも半数近くは個人によるものだ(※1)。
乙:そうだったのか。発行会社としても、この株主だけに申し立てるのはどうしてだ、合理的に説明しろ、とか言われるのは面倒だ。
甲:当局が見つけ次第、強制発動となると、報告を忘れている株主全員の議決権が停止される。公平といえば公平だが…。
乙:蓋を開けてみたら、停止される議決権数は安定株主の方が多かった、では、冗談にもならない。
甲:それに議決権をいつまで停止するかも問題だ。
乙:停止する期間ということか?
甲:そうだ。正しい内容の大量保有報告書が提出されるまでの停止だとすれば、敵対的買収の場面での意図的な遅延に対するエンフォースメントの効果は薄いだろう。それこそ買収者としては、例えば、買収防衛策の発動の是非を問う株主総会の基準日までに提出すれば実害は生じないからだ。
他方、例えば、違反が判明してから1年間停止にすると、今度は、総会での安定株主の保有分や、友好的買収の場面で不提出や遅延が発覚した場合、大変なことになる。
乙:大量保有報告をちゃんと出していますか、と言って安定株主回りをすることになりそうだ(笑)。
甲:出し方がわからないから教えてくれとか、代わりに出してくれ、とか言われるかもしれないぞ。
乙:悪い冗談はやめてくれ。
甲:ともあれ大量保有報告違反に対する議決権停止は、会社法との関係も含めて慎重な制度設計が求められる。当面は、課徴金制度に基づく取り締まり強化で対応せざるを得ないだろう。ただ、こちらにも課題がある。
乙:どんな課題だ?
甲:違反件数が多く、しかも、個人など厳しい処分を科しにくいケースも多いことだ。
乙:大量保有報告違反の課徴金は、時価総額等の10万分の1か。時価総額最上位の超大企業だと億単位というのは極端としても、企業の規模によっては個人には厳しい額になる。悪質なケースを集中的に取り締まって一罰百戒で臨むしかないだろう。
甲:現実的にはそうだろう。しかし、金融商品取引法の課徴金制度は、当局の裁量をできるだけ排除した形式的・画一的な仕組みとして設計されたという背景がある。そのこととの折り合いをどうつけるかが問題だ。
乙:制度趣旨は理解するが、できるだけ柔軟に対応してもらいたいものだ。
(※1)下記レポート参照。データはEDINET 閲覧サイト、各大量保有報告書に基づいて大和総研が分析したものである。
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