エンゲル係数と為替の方向が示すもの
2025年08月01日
近年では、わが国の家計におけるエンゲル係数(家計消費に占める食料費の割合)の上昇が話題となっている。総務省の家計調査によると、2024年は28.3%に達し(二人以上の世帯)、1981年以来43年ぶりの高水準になった。エンゲル係数の上昇は、一般には生活水準の低下を示すとされ、日本の貧困化の象徴的な事例として報じられた。ただし、人口の高齢化の影響にも留意が必要だ。2024年の調査対象の世帯主の平均年齢は60歳を超えており、例えば教育費支出が占める割合は(統計上は)低下傾向にある。とはいえ、コメ価格をはじめとした近年の食品価格の急上昇は大きな問題である。
このエンゲル係数の長期推移を為替の円ドルレートと並べると、2010年代を境に方向転換した動きが類似してみえる(図表参照)。為替市場で2024年に記録した160円台のドル円レートも、38年ぶりであった。この2つの推移が類似する理由としては、日本の食料自給率はカロリーベースで4割弱と低い状態が長年続いていることが考えられる。円安は輸入食料品の価格上昇に直結しやすく、それが家計を圧迫していた可能性があることから、決して無関係ではないといえよう。
2010年代から進んだ円安はアベノミクスの成果でもあるが、そこから10年以上が経過して、功罪両面が指摘される。円安が輸出企業を中心に企業収益を拡大させたことで、賃金と物価の好循環が動き始め、デフレから脱却してきた一方、インフレ進行への警戒感が強まっている。また、インバウンドは史上最高水準を更新し、直近12カ月合計の訪日外客数は既に4,000万人を突破した一方、日本人の出国者数は同時期で1,380万人と、コロナ禍前の2019年のピーク比でいまだ7割弱にとどまっている。
為替レートは国力も示すとされる。かつて米国の政権は「強いドルは国益」と繰り返し表明していた。また日本円は世界の中で「安全通貨」とされてきたが、最近ではあまり話題にならない印象だ。これらを併せて考えると、日本の国力と家計は現在共に危うさを抱えているのかもしれない。
日本円の価値の維持について、外圧対応だけでなく内部要因からも真剣に考えるべき時期がきたのではないだろうか。日本銀行(日銀)の金融政策については、正常化(≒引き締め)を目指す方向性は保たれている。政府にとっても、防衛費の増額など財政拡張圧力が強い中で、円安進行は国債需要を後退させ、円滑な資金調達を妨げ得ることから、避けたい状況といえよう。もちろん、為替そのものは日銀や政府の政策目標ではないが、市場に目配りした政策運営の必要性は高まっていよう。
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経済調査部
シニアエコノミスト 佐藤 光