第2次安倍政権の「女性活躍」の成果と残された課題

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2022年07月20日

安倍晋三元首相の逝去に、謹んで哀悼の意を表する。国政のあり方を国民に問う選挙の最中の凶行には強い憤りを覚える。国政のあり方は暴力によってではなく、自由な言論と投票によって決めなければならない。2022年の参議院選挙の投票率が前回比で上昇したことは、この事件を通じて国民が民主主義の重要性を再確認した証左だと私は信じている。

安倍元首相の首相在任中の一番の実績としては大規模な金融緩和を挙げる人が多いものと思うが、筆者としては、「女性活躍」を特筆されるものとして挙げたい。

安倍元首相は、2013年6月に閣議決定した「日本再興戦略」にて、女性の力を「わが国最大の潜在力」として、成長戦略の中核に位置づけた。具体的な政策としては、「保育の受け皿の整備などにより夫婦が働きながら安心して子供を育てる環境を整備すると同時に、育児休業後の職場復帰の支援、女性の積極登用などを通じて、女性の労働参加率を抜本的に引き上げることを目指す」とした。

安倍元首相の在任中(2012年度~2020年度)、消費税率引き上げによって得られる財源も利用しつつ、保育所定員は72万人分増設された。出生数が減ったこともあり6歳未満児に対する保育所定員の割合はこの間、35%から54%まで上昇した。出産した女性に占める育児休業取得者の割合は、23%(2012年度)から46%(2020年度)へと2倍となった。「待機児童ゼロ」にはならなかったものの、多くの女性(および男性)は子どもを持っても育児休業や保育所を利用しつつ働き続けることができるようになった。

この結果として、8年間で女性の就業率は上昇し、特に30代以下の既婚女性で大幅に上昇した。30代既婚女性の就業率は2012年時点では55.9%にとどまっていたが、その後、ほぼ一貫して伸び続け、2020年には2012年比13.7%ポイント上昇の69.6%に達した。しかも、その上昇分のほとんど(13.7%ポイント中、11.3%ポイント)は正規雇用の上昇分だ(下記図表参照)。

筆者の推計では、「30代4人世帯」の暮らし向きは、女性の正規雇用増がもたらす賃金増の寄与が大きく、消費税率の引き上げや新型コロナウイルスの影響を受けながらもなお、年々改善を続けている(※1)。まさに、「日本再興戦略」で描いた「家庭の単位で見ても、ダブルインカムが実現されることで、家計所得と購買力が増大」する姿が実現したといえる。

もっとも、女性活躍による世帯所得増加が一部で実現しているとはいえ、全体として景気の好循環が動き出したとまでは評価し難い。結婚や出産を機に一度職を離れた女性が正規雇用に就くことが困難であることは、2012年も今もあまり変わっていない。正規雇用女性の増加による力強い家計改善は主に30代にとどまっており、今後は、40代・50代女性を中心に、希望する者につき正規雇用への転換を促していく政策が求められる。

また、(2003年に小泉首相在任中に設定した)政府としての、2020年までに指導的地位における女性の割合を30%にする「202030」の目標も達成できなかった。正規雇用の30代女性は増えてきたが、これからさらにキャリアを積み管理職や役員を務める女性を増やすには、家庭内での男性の役割も欠かせない。夫婦とも正社員として働いている世帯でも、6歳未満の子のいる世帯の家事や育児の8割は妻によって行われている(総務省「平成28年社会生活基本調査」)。この状況を改善させるため、男性の育児休業取得推進など、家事育児の分担を促す政策も必要だろう。

安倍元首相は「女性活躍」が家計所得を増加させ経済を成長させる大きなポテンシャルがあることを示してくれた。岸田首相が率いる政府には、残された課題に取り組み、そのポテンシャルを一つ一つ現実のものとしていくことを期待したい。

図表 30代有配偶女性の正規・非正規別就業率の推移

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是枝 俊悟
執筆者紹介

金融調査部

主任研究員 是枝 俊悟