名目と実質、実態に即して数字を使わないと意味がない

~もう悪夢は見たくありません~

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2019年02月15日

前回のコラム(※1)の中で、「政府の発表する数字(中略)は絶対的なものであり、政府の調査に対して、企業や国民が正確に回答し、正直に申告されていることが大前提」と記した。この時のコラムの主旨は、統計の数字がよくリバイスされる事例を紹介した上で、「実態をより正確に把握するためには、経済社会構造の変化を反映した」改定は必要不可欠というものだった。

年末から現在にかけて、毎月勤労統計(以下、毎勤)を発端に統計の数字がホットな話題になっている。そもそも、統計の数字は速報性を重視するならば、厳密性はある程度犠牲にせざるを得ない。二兎は追えないのである。例えば、マーケットで材料視されるために注目度が毎勤の何十倍も高い米国の雇用統計の場合、事業所調査(毎勤に相当)は回収率7割程度(2018年平均)で、まず速報値が発表される。そして、9割程度に高まった1ヶ月後に非農業部門雇用者数は改定され、ケースによっては大きく修正されることがある。さらに1ヶ月後にも数字は修正されるが(この時の回収率は95%超)、速報時点から2ヶ月経った値など、市場はほとんど関心を向けないだろう(※2)。

新鮮さが求められる米国の雇用統計は、賞味期限が極端に短い例ではあるが、一般的に、いくら正確で文句の付けようのない統計であっても、何年も前の数字を今さら紹介されては、経済実態の変化・異変をいち早く把握して政策に結びつけようという目的からすれば、ほとんどニーズを満たしていないに等しい。

当然ながら、不正確でもよいと言っているわけではない。ただ、限られた予算や人員の中で、あらゆる統計で全数調査を実施することは現実的ではなく、決められた方法で適切に処理することが求められる。今回の毎勤の場合、不適切な処理のために数字に対する信頼性が失われたことが大きな問題であり、信頼を回復するために多大な労力と時間を費やすことになってしまった。

一方、最近は、名目か実質か、前年比だとどう、水準ではどうなど、徐々に議論が変質している感が否めない。多額の税金を使って恐らく重要な議論をしているつもりだろうが、経済社会構造の変化を考慮せずに、平均賃金の伸び率が上がった下がったを議論したり、前年比マイナスが何ヶ月あるかにこだわっても、あまり有意義とはいえないかもしれない。

10年ほど前に海外駐在していた際の話である。現地の事情を踏まえて、ローカルスタッフのサラリーに関する計画案を作成し東京に送ったところ、そのレスポンスとして、“厳しい景気の下、日本では賃金(基本給)を据え置いて頑張っているのに、なぜ賃上げなのか”と指摘されてしまい、戸惑った記憶がある。追加の数字を送りつつ(図表参照)、デフレ状態にある東京で大幅な賃下げを実施するのであればそれに合わせるが、計画案は、こちらでの実質的な購買力を維持する分の賃上げにすぎない旨を返信し、漸く了解を得られた。

このように、生活している地域で食料品などの価格動向が大きく異なる場合、それぞれの実情に合わせて名目賃金を変化させなければ、同程度の生活水準を保つことは難しい。ただ、厄介なことに、インフレ率を測る物差しは一つだけではない。日本の消費者物価(CPI)には、「総合」の他に、「生鮮食品を除く総合」や「食料(除く酒類)及びエネルギーを除く総合」、「生鮮食品及びエネルギーを除く総合」があり、そして、毎勤の実質賃金を算出する際には、「持家の帰属家賃を除く総合」が使われる。

加えて、2019年度は、消費増税や教育無償化の影響で、CPI上昇率は上下に振れることが予想され、物価の基調が分かりづらくなる。また、原油価格の動向次第では、CPI上昇率の解釈は一段と複雑になり、実質賃金マイナス云々という議論は些末なものになりかねない。

(※2)なお、事業所調査の場合、年に1回、通常の過去分の修正に加えて、年次ベンチマーク変更、および季節調整替えが行われ、段差が生じないような処理もなされる。一方、失業者数や就業者数などが含まれる家計調査ベース(日本の労働力調査に相当)でも、年に1回、人口推計の変更に伴う年次改訂が行われるが、断層調整が実施されないため、慎重な解釈が必要なケースがある。

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近藤 智也
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政策調査部

政策調査部長 近藤 智也