出生数が下振れしていても、年金が破綻するわけではない
2025年04月11日
政府は、年金制度の改正法案の今国会への提出を目指しているが、野党から協力が得られるか見通せない中、与党内でも意見を集約しきれておらず、法案提出が遅れている。SNS上では、年金制度への不信も渦巻いており、年金制度が破綻するとか、年金制度は維持されるとしても年金生活が破綻するほどに年金額が少なくなるといった主張をよく目にする。
確かに、2024年の出生数は過去最少の72万988人(※1)となり、2024年の「将来の公的年金の財政見通し」(2024年財政検証)に用いられた出生中位推計値の77.9万人を下回り、出生低位推計値69.0万人に近づいている(※2)。出生数の減少は、年金財政にマイナスに影響し、将来の年金額を減少させる。出生数が低位推計値をたどる場合、中位推計値をたどる場合と比べて、最終的な年金額は3%~7%減少する(※3)。
3%~7%の年金額の減少を大きいと見るか小さいと見るかは人により分かれるだろうが、少なくとも、2024年の出生数をもって年金制度が破綻するとか、年金生活が破綻するほどに年金額が少なくなるというのは、言い過ぎだろう。
そもそも、人口動態が年金財政に及ぼす影響については、出生数だけでなく、死亡数の実績もあわせて見る必要がある。
2024年の死亡数は過去最多の161万8,684人(※1)となり、2024年財政検証における死亡中位推計値の150.8万人を大きく上回り、死亡高位推計値の161.7万人とほぼ同水準となった(※2)。死亡数が高位推計値をたどる場合、中位推計値をたどる場合と比べて、最終的な年金額は3%~5%増加する(※3)。出生数と死亡数の両方の実績の推移を勘案すると、いずれも中位推計をたどる場合と比べて、最終的な年金額への影響はほぼプラスマイナスゼロとみられる。
日本の平均寿命は2020年をピークに2022年まで低下が続き、2023年は上昇したものの2020年の水準には戻っていない(※4)。平均寿命が縮まったことは決して喜ばしいこととはいえないが、この間も高齢者の労働力率は上昇が続いており、人生のうち「働けない期間」は年々短くなっている(※5)。そもそも年金は「働けない期間」の所得保障のために必要なものであり、「働けない期間」が短くなり年金の必要性が低下していることは、活力ある社会に向かっているものと前向きに捉えてよいと思う。
年金財政は、人口動態以外にも、物価、賃金、運用利回り、労働力率といった様々な指標が影響する。このうち、年金財政にとって悪い方向に推移している指標だけを取り上げてあたかも年金が破綻するかのように論じることは容易いが、大事なことは、全体を見ることだ。
日本の年金財政を全体として見れば、労働力率が上昇を続けていることの影響が大きく、世代ごとの「平均年金額」は、後に生まれた世代ほど多くなる、明るい未来が見通せる状況にある(※6)。必要な年金制度改正にあたっては、どうか、SNS上の年金破綻論を無批判に受け入れることなく、冷静に議論していただきたい。
(※1)厚生労働省「人口動態統計速報」による外国人を含む人数である。
(※2)人口推計は、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(令和5年推計)」による外国人を含む人数である。
(※3)経済前提は、「成長型経済移行・継続ケース」および「過去30年投影ケース」による。
(※4)厚生労働省「完全生命表」「簡易生命表」による。2024年の平均寿命は本稿執筆時点で未公表。
(※5)厚生労働省「労働力調査」における男女計の労働力率は、「60~64歳」、「65~69歳」、「70~74歳」、「75~79歳」、「80~84歳」の階級で、いずれも2020年から2024年にかけて毎年上昇している。
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金融調査部
主任研究員 是枝 俊悟