「自社特性を踏まえた」資本コストや株価を意識した経営の実現が期待される

RSS

2023年12月15日

2023年は、上場企業の経営層にとって資本コストや株価をこれまで以上に考えさせられた1年となったことだろう。契機は、3月に東京証券取引所(東証)が発表した「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」である。経営層が主体となって資本コストや資本収益性を十分に意識した経営を積極的に目指すことが要望された。

過去10年間、自社株買いや配当性向の引き上げ等で株主への還元姿勢を高める企業が増えてはいたものの、決算説明会等の中で資本コストや株価について言及されることはあまりなかった。そのため、プライム市場の約半数、スタンダード市場の約6割の上場企業で、ROE(Return On Equity:自己資本利益率)が8%未満、PBR(Price Book-value Ratio:株価純資産倍率)が1倍割れと、資本収益性や成長性の点に課題があるとの認識を東証が発表したことは、大きな意味や影響があった。その後の企業の決算発表資料では、PBR1倍割れ解消に向けた方策や、資本コストを上回る収益性に向けた取組みを示すケースは多い。上場企業は、株主総会後遅滞なく東証に提出する「コーポレート・ガバナンスに関する報告書」の中で資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について報告するが、決算発表等の際に使われる適時開示情報伝達システム(TDnet:Timely Disclosure network)を通じて開示し、自社の考えを多くの人に知ってもらおうとする企業もある。2023年3月末までの5年間ではTDnetを利用した開示で表題に「PBR」や「資本コスト」を含むものはなかったが、2023年4月1日から12月8日までの期間では約70社あった。

2024年も開示の強化が続くだろう。東証では、開示企業一覧表の公表(2024年1月15日公表開始、毎月更新予定)や対応のポイント・取組事例の公表(2024年1月を目途)等を行い、資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた取組みの検討・開示をさらに促進しようとしている。中でも、投資者の視点を踏まえた対応のポイントや、投資者の高い支持が得られた取組みの事例について、企業の規模や状況に応じていくつかのパターンを取りまとめた公表は、これから開示しようとする企業の参考になる。

その一方で、開示の内容が似通ってしまったり、経営層が自社特性と距離のある「資本コストや株価を意識した経営」を目指してしまったりする可能性もありそうだ。例えば、これまでの開示情報を見ると、PBR(株価÷1株あたり純資産)を、PER(株価÷1株あたり当期純利益)とROE(当期純利益÷純資産→1株あたり当期純利益÷1株あたり純資産)の掛け算に分解して、対応・方針を検討するケースが多い印象がある。市場からの評価でもあるPERでは非財務情報を含めた開示の充足や投資家とのコミュニケーションを増やすことで、資本収益性を表すROEでは、資本コストを勘案した経営資源の選択と集中、負債と資本のバランスの適正化等が挙げられている。ただ、目指す方向は正しいものの、その企業の特徴をどの程度踏まえた内容かという点では、開示の充足余地は大きいように思われる。「資本コストを意識した経営」も、「当社の資本コストはxx%」だけでなく、計算プロセスや計測時期によって変動するものなのかどうなのか等の考え方まで説明されると良いだろう。投資者にとっては、経営層が自社をどのように分析しているかがわかったり、市場環境が変わった場合の資本コストへの影響を分析しやすくなったりするメリットがある。

1月を目途に公表される「投資者の高い支持が得られた取組み」は参考にはなるものの、その事例がそのまま自社に合致するわけではない。自社の事業や財務状況の特性を十分踏まえた「資本コストや株価を意識した経営」とは何なのか、わかりやすく伝えていくことは難しい。しかし、市場からの期待は、今後ますます大きくなるだろう。

このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。

中村 昌宏
執筆者紹介

金融調査部

主席研究員 中村 昌宏