「失われた30年」は終わるか

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2023年03月06日

  • 調査本部 常務執行役員 リサーチ担当 鈴木 準

「失われた30年」という言葉を耳にすることが、最近改めて増えたように感じる。賃金の十分な上昇を伴うマイルドなインフレ経済や潜在成長率の上昇をいまだに見通せず、出生数が80万人を割り込む一方で、政府債務や日本銀行のバランスシートが凄まじく膨れ上がった状況を映してのことだろうか。

ここ30年間の経済がうまくいっていないとみるならば、少なくともその原因の一つは30年前にあるはずである。1993年といえば、資産バブルが崩壊してから数年たった年だが、地価形成のメカニズムを収益還元モデルで考えたときのリスクプレミアムが、まだ上昇していなかった時期だ。すなわち、地価や株価は、ほどなく元に戻ると考えられていた最後の頃である。

その後、資産価格がどう推移したか説明は不要だろう。民間法人企業が保有する土地の時価総額は、1990年のピークから底打ちした2013年までの間に約440兆円減ったとみられる。個々の企業努力とは関係なく巨額の資産バリューを失った企業は、バランスシート調整を余儀なくされ、長期にわたる負債の圧縮と内部調達資金の確保、設備投資の抑制に邁進することになった。

日銀総裁候補となった植田和男教授は国会での所信聴取の際、金融緩和を長い間続けてもなぜデフレを解決できないのかという趣旨の質問に対し、金融政策の効果は半年から2年前後で発現すると考えるのが標準的だが、日本ではそれが当てはまらない特殊な原因や事態が生じたと述べている。そしてその一つとして、1990年代の資産価格の大幅な下落や不良債権処理にもたついたことによる金融仲介機能の低下を挙げている。

マクロ統計(国民経済計算)を用いて民間非金融法人企業の時価ベースでみた自己資本比率を試算すると、1998年末の45%から2010年代半ばにかけて65%程度まで上昇し、その後は直近まで高止まりが続いている。日本企業を全体としてみれば、多少のレバレッジを効かせて生産のための資産を拡大させる動きがないことが「失われた30年」の重要な一因だろう。

足下で、金融政策の正常化や金利上昇を見通す議論が増えているが、賃金や物価に関するノルム(規範・通念・習慣)がたちまち変わるとも思えない。ただ金利が多少上昇しても、インフレ率の高止まりが当面続けば実質金利が十分低い状態は保たれる。需要が収縮してインフレ率が低下してしまわないうちに、正当な価格転嫁と賃上げが進められ、陳腐化した資本ストックの再構築と人的資本の増強が行われるかどうか。それが日本経済にとっての分水嶺になる。

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鈴木 準
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