JR東日本の「オフピーク定期券」を経済学的に考える

RSS

2022年10月24日

JR東日本は、混雑がピークとなる平日朝の時間帯以外でのみ利用可能な「オフピーク定期券」サービスを、2023年3月から開始する予定だと発表した(※1)。通常の通勤定期券価格は現行から引き上げる一方、オフピーク定期券の価格は現行から値下げすることで、ピーク時間帯の混雑緩和などを目指すねらいだ。以前からオフピーク通勤に対するポイント付与サービスなどは鉄道各社が提供しており、オフピーク定期券はその発展形といえる。

ピーク時間帯の定期券価格を引き上げることが混雑緩和につながる、という論理は直感的にも納得がいくが、ここではこのオフピーク定期券の役割を、経済学的にとらえてみたい。そのために以前の筆者コラム(※2)でも取り上げた「外部性」の考え方を利用する。

外部性とは、ある経済主体の行動が、市場を介さずに他の経済主体に与える影響を指す。オフピーク通勤が可能な乗客Aを「ある経済主体」とする。Aがオフピーク通勤をせずに混雑した列車に乗り込んだ場合、他の乗客の不快感が増大したり、列車が遅延したりするなど、他の乗客(「他の経済主体」)に「影響」(この影響は金銭換算が可能だとし、「費用」と呼ぶことにする)をもたらす可能性がある。しかし、Aはその影響に対する費用を負担するわけではない(「市場を介さず」(≒Aはその影響に対する費用負担をすることなく)「他の経済主体」に影響を与えている)。

Aは定期券代と「混雑している列車に乗ることで自らが被る影響(費用①とする)」のみを考慮し、「自らが乗車することが他の乗客に与える影響(費用②とする)」を考慮していないとすると、混雑している列車に乗り込むための費用を費用②の分だけ過小評価していることとなる。Aのような乗客が数多く存在すると、オフピーク通勤可能な乗客が上記全ての費用を適切に考慮し、適宜オフピーク通勤を選択する場合に比べて、ピーク時の乗車人員は過剰になる。

この問題の解決策として、上記「費用②」を運賃に上乗せする「混雑料金」の導入が、以前から経済学者などの間で議論されてきた。ピーク時間帯の運賃を引き上げることで、客Aは費用①に加えて、混雑料金も考慮し、便益(ちょうど良い時間に会社に着くことで得られる効用など)との差し引きでピーク時間帯に乗車するか否かを決定することになる。オフピーク定期券と通常の定期券の差額が混雑料金の一部に該当すると考えると、オフピーク定期券は、この混雑料金の考え方を実現可能な範囲内で定期券に導入する試みであるといえる(※3)。

当然ながら、自らの意思で柔軟に通勤時間を変更することができない乗客も多い。オフピーク定期券の導入は、オフピーク通勤が可能な乗客の行動変化をゆるやかに促すことで、オフピーク通勤が難しい乗客が直面する混雑も緩和されるという点で、混雑料金の理論をうまく社会実装した事例だ。数多くの研究結果が蓄積されているものの実際に導入することが難しいとされていた混雑料金を、乗客数の多い首都圏において、定期券の形で本格的に導入するJR東日本の試みがどのような結果をもたらすのか、興味深く見守っていきたい。

(※3)実際には、通勤定期券の購入費用は企業が負担することが多い。この場合、乗客がオフピーク通勤を行うか否かを決定するのではなく、企業が社員に対してオフピーク通勤を行わせるのか否か決定することになる。

このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。

執筆者紹介

金融調査部

研究員 瀬戸 佑基