「出勤者数の削減」をミクロ経済学的に考える

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2022年05月23日

経済学は「マクロ経済学」と「ミクロ経済学」に大別される。日々の経済ニュースなどとの関連が深いマクロ経済学に比べ、ミクロ経済学はどう役に立つのかがわかりにくい面もあるだろう。そこで本稿では、新型コロナウイルス感染拡大後に課題となった「出勤者数の削減」をミクロ経済学の考え方の一つである「外部性」という観点から捉えることで、ミクロ経済学の考え方の一例を紹介したい。

外部性とは、ある経済主体の行動が、市場を介することなく他の経済主体に与える影響を指す(※1)。例えば、ある企業(A社とする)が社員を出勤させることで得る便益と、それにより発生する直接的な費用(交通費などに加え、A社社員の感染リスクなど様々なものを含む「費用」)のみを考慮して、その費用と便益が釣り合うように出勤者数を決定するとしよう。

A社社員の出勤により電車などがさらに混雑することで、社員と接触する可能性がある人々の感染リスク(=A社社員以外が支払う、「外部費用」と呼ばれる費用)が増加する。しかし、A社が出勤者数を決定する際にこの外部費用を考慮しなければ、A社にとって社員を出勤させるための費用が過小評価されることになる。結果として、費用と便益が釣り合う「A社にとって最適な」出勤者数は過大に見積もられるのだ。A社のように、外部費用を考慮しない(過小に見積もる)企業が数多く存在する場合、実際の出勤者数は社会全体で見た最適な水準を上回ることになる。

この問題へのミクロ経済学的な対処法の一つとして、外部費用をA社に負担させる「内部化」が挙げられる。内部化の事例は、経済産業省が2021年から公表している「出勤者数の削減に関する実施状況の公表・登録」に見出すことができる。これは企業に対して取組内容や実績などの公表を促し、好事例の横展開等を目指す施策だ。企業の取組を可視化させることで、「感染状況が悪化する中、同業他社は出勤者数削減の努力を行っているが、自社(A社)だけは行っていない」という状況が発生した場合、A社にはレピュテーションリスク(企業の評判等が損なわれるリスク(=費用))が生じると考えられる。リスク(=費用)を回避するためにA社が何らかの努力を行うのであれば、この施策はA社のような企業に外部費用を負担させる内部化の一種だとも考えることができる。今後もし出勤者数の更なる削減が求められる状況が発生した場合、この施策が一定の効果を生む可能性もある。

本稿では、「出勤者数を削減すべきか」という規範論とは距離を置き、学術的な厳密性を犠牲にしつつ大胆な議論を展開したが、道路や鉄道などの混雑を外部性として捉える研究は数多く存在する。ミクロ経済学は実は社会の様々な構造を明快に整理する強い力を秘めていることを感じていただければ幸いだ。

(※1)「外部性」には、「技術的外部性」と「金銭的外部性」の2つが存在する。武隈(1999)によると、「技術的外部性」は「市場機構以外を通じて経済主体が他から直接的に受ける効果」を、「金銭的外部性」は「市場における価格を通じて経済主体が不利あるいは有利な影響を他から間接的に受ける効果」を指す。本稿で取り上げた例は、厳密には「技術的外部性」に該当するが、一般に「外部性」とだけ表現した場合は、「技術的外部性」のことを指す場合が多いため、本稿でも「技術的外部性」を「外部性」と呼んでいる。
参考:武隈愼一(1999)『新経済学ライブラリ—4 ミクロ経済学 増補版』新世社

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執筆者紹介

金融調査部

研究員 瀬戸 佑基