米雇用環境の悪化を示すキーワードは“He-cession(男性不況)”
2025年08月15日
2025年7月の雇用統計の弱い結果を受け、米国の雇用環境の悪化が懸念されている。非農業部門雇用者数の過去分の下方修正に衆目が集まったが、足元では男性若年層の失業率の上昇が注目され始めている。例えば、7月の16-24歳の失業率の3カ月移動平均は男性が10.8%なのに対し、女性は9.9%となった。こうした男性若年層を中心とした雇用難について、“He-cession(男性の人称代名詞である“He”と景気後退を意味する“Recession”を合わせた造語で、男性不況を意味する)”と形容されている(※1)。コロナ禍では女性の失業率が上昇したことや、労働参加率が低下したことについて、“She-cession(同様に女性の人称代名詞である“She”と“Recession”を合わせた造語で、女性不況を意味する)”と形容されたこともあったが、男女間の雇用環境にも変化がみられる。
では、“He-cession”は、雇用環境全体の変調を意味するのだろうか。そもそも、過去をみると男性の失業率は女性の失業率を上回る傾向がある。中でも、過去の景気後退期において、男性若年層の失業率は急速に上昇しやすい傾向がみられる(※2)。7月の16-24歳の失業率(3カ月移動平均)の前年差は、男性の+1.0%ptに対し、女性は+0.5%ptと男性がより大きい。こうした男性と女性の失業率の差異は、男女間の職業分布の差異とも関係している。米国において、男性労働者は製造業、鉱業、建設業など、景気変動に敏感な業種に占める割合が高く、女性労働者はヘルスケアや政府部門など景気変動に左右されにくい業種に占める割合が高い。足元の雇用者数の増加はヘルスケア部門による押し上げに依存しており、他業種による押し上げは小さい。こうした雇用増の業種別の偏りも、男性の失業率が上昇していることと整合的だ。“He-cession”は足元の雇用環境全体の悪化を示すシグナルと捉えられるだろう。
最後に、“He-cession”がもたらす帰結について考えたい。一つは“He-cession”がFRBによる利下げを促すことが挙げられる。7月のFOMCでパウエルFRB議長は雇用統計の中でも失業率の重要性を強調した。足元で、雇用環境の悪化リスクを指摘するFOMC参加者も増えている。9月5日に公表予定の8月雇用統計で、“He-cession”が深刻化したり、広がりを見せたりすれば、9月16-17日に開催されるFOMCでの利下げの可能性が高まることとなろう。
もう一つの帰結は、トランプ政権の経済政策運営に対する有権者の不満を高め得るということだ。トランプ氏が2024年の大統領選挙で得票数を伸ばした一つの要因として、男性からの支持の高まりが挙げられる。他方で、足元の世論調査ではトランプ氏の支持率が低下しており、とりわけ男性からの支持率が大きく落ち込んでいる点は“He-cession”の影響を示唆しているとみられる(※3)。2026年11月の中間選挙に向けて、今秋から候補者選定が始まる中で、トランプ大統領も求心力の低下は避けたいところだろう。こうした中で、弱い結果となった7月の雇用統計をトランプ大統領が批判し、その後公表元のBLS(労働統計局)局長を解任した。トランプ大統領にとっても雇用環境の良し悪しは生命線ということを示唆している。“He-cession”がさらに深刻化すれば、トランプ大統領も雇用統計の批判や人事でお茶を濁している場合ではなくなる。景気への悪影響が大きい関税政策のマイルド化といった軌道修正を迫られることも考えられよう。
(※1)“The Jobs Market Is Showing Signs of a ‘He-cession’,” Bloomberg, 2025/8/5.
(※2)John O’trakoun, “Female-Dominated Industries Driving Payroll Growth” Macro Minute (Federal Reserve Bank of Richmond), 2025/7/1.
(※3)“Donald Trump's Approval Rating Falling 'Most Substantially' With Men,” Newsweek, 2025/8/6.
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- 執筆者紹介
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経済調査部
主任研究員 矢作 大祐
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