膨張するScope3カテゴリ15

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2022年10月11日

  • ニューヨークリサーチセンター 研究員(NY駐在) 藤原 翼

金融関連業務に関するGHG(温室効果ガス)排出量について、金融機関の間で算定の機運が高まっている。GHG排出量は、GHGプロトコルという国際的なイニシアティブで作成された基準に基づいて算定されることが一般的であり、同基準では、金融関連業務に関するGHG排出量は“Scope3カテゴリ15”に分類されている。このScope3カテゴリ15について、PCAF(Partnership for Carbon Accounting Financials)という金融業界主導の組織では、より詳細な算定基準の作成が進められている。現行のPCAFスタンダード , では、算定対象のアセットクラスとして「上場株式/社債」「事業融資/未上場株式」「プロジェクトファイナンス」「商業用不動産」「住宅ローン」「自動車ローン」が公表済みだ。また、2022年末をめどに国債と排出除去(Emission Removal)の算定方法を加えた、PCAFスタンダードの改訂版が公表される予定だ。さらに足元では、保険業務や資本市場業務等の投融資以外の業務に関する排出量についても検討が進められている。

このように金融関連業務のGHG排出量算定方法の整備が進む一方で、実際の算定とその開示は十分に進んでいないとみられる。PCAFのウェブサイトによれば、本稿執筆時点(2022年10月6日閲覧)で、PCAFに加盟している金融機関のうち、投融資先のGHG排出量開示を行っているのは3割ほどに留まる。また、GHG排出量を開示している個別の事例を筆者が確認した中では、算定対象のアセットクラスや業種について、部分的なものに留まるケースが大半であった 。算定する上では、投融資先のGHG排出量についてのデータ制約はやはり大きい。企業が報告するGHG排出量のデータが取得できない場合は、セクター平均の「排出係数」というものを用いて推計するが、推計の方法によっては企業の事業活動に関するデータの取得が必要となる。また、推計の妥当性については十分な検討が必要だ。特定の業種やアセットクラスにしぼって算定する場合ですら、排出量の精度を十分に高めるのは容易ではない。

今後も新しい算定対象が次々と出てくる可能性も考えられる。しかし、Scope3カテゴリ15を算定する目的は、金融機関が自らの気候変動関連リスク・機会を把握することであり、当たり前だが、金融関連業務の算定・開示を全て網羅して満足することではない。まだ算定・開示を行っていない金融機関も多いとみられるが、議論の流れの速さにパニックに陥る必要はなく、自らの金融ビジネスで重要な業務や業種について一つずつ算定・開示を進めていくことがよいだろう。

(※1)PCAF(2020)“The Global GHG Accounting and Reporting Standard for the Financial Industry”
(※2)PCAFスタンダードやScope3カテゴリ15の解説については以下を参照。

(※3)PCAFスタンダードでは、基本的には全てのアセットクラス、業種について開示すべきとしている。また、開示を行わない場合はその理由を説明する必要があるとしている。

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ニューヨークリサーチセンター

研究員(NY駐在) 藤原 翼