バイデン政権の優先課題に立ちはだかる連邦最高裁判所の判断

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2022年08月18日

2022年3月、米国証券取引委員会(SEC)はSEC登録企業の年次報告書などにおける気候関連情報の開示を強化・標準化する規則案(※1)(以下、規則案)を公表した。SEC登録企業(米国で証券を発行する米国企業及び米国外企業)には特定の気候関連情報の開示が求められることになる。具体的には、事業や連結財務諸表に重要な影響を及ぼす可能性が高い気候関連リスクに関する情報や、投資家がそれらのリスクを評価するのに役立つ温室効果ガス排出量の指標などだ。6月にこの規則案の意見募集が締め切られた。他のSEC規則案と比較して膨大な数の意見が提出されており、気候関連開示規則への関心の高さが伺える。SECは集められた意見をもとに最終的な規則の策定に取り組むことになる。

一方、規則案の行方を左右しうるものとして、トランプ前政権時に保守派が多数となった連邦最高裁判所(以下、裁判所)の、ある判断が注目されている。6月30日、環境保護庁(EPA)とウエストバージニア州との間の訴訟で、同裁判所は電力会社の温室効果ガス排出を規制するEPAの権限を制限した(※2)。電力会社に石炭から天然ガスや再生可能エネルギーへの転換を求めるEPAの規則は議会から委任された権限を超えていると判断したのだ。判断にあたり、裁判所はこれまで多数意見(裁判官の半数以上が賛成する意見)として用いられたことがなかった“重要問題法理(major questions doctrine)”を適用した。これは、連邦機関が経済的・政治的に重大な問題に対処する場合、その問題に対処するための「明確な議会の委任」がなければならないとするものである。

今回の規則案については、SECに制定権限がないとして訴訟が起こされるのではないかと早い段階から言われていた。SECは投資者保護などの使命のために広範な規則制定権を有し、規則案もその使命に沿って策定したとは主張しているものの、実際にはSECの権限外である環境政策を実施した規則案だと反論できるためだ。今回の裁判所の判断により、気候変動対策という経済的・政治的に重大な問題に関してSECは「明確な議会の委任」を受けていないとの主張が成り立つ可能性はいっそう高まった。一方で、SECに提出された意見の中には(※3)、議会は1933年証券法および1934年証券取引所法において、登録企業の重要な情報の開示に関する規則を制定する広範な権限を、SECに対し明確に委任していると指摘するものもある。いずれにせよ、SECは規則案の最終化の過程で、改めて「明確な議会の委任」があるかどうかを検討することになるだろう。

これまでバイデン政権は公約の実現に苦慮している。共和党だけでなく民主党内の中道派とリベラル派との調整を対議会で強いられてきたからだ。連邦最高裁判所の判断によって、政権が目指す政策実現の不透明性がいっそう高まったと言えるのではないだろうか。

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執筆者紹介

金融調査部

主任研究員 鳥毛 拓馬