もう一つのESG—エネルギー、セキュリティ、ガバメント

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2022年07月28日

「もう一つのESGというのがあってね、エネルギー(Energy)、セキュリティ(Security)、ガバメント(Government)こそ長期的投資の中心に置けというね。」

10年以上前だろうか、ある機関投資家の方と投資業界の動向をあれこれ話す中で、かつて社会的責任投資と呼んでいたものがESG投資へと改名が進んでいるという話題が出た際に、相手から言われた言葉だ。私自身、コーポレートガバナンス(Governance)はともかくとして、環境(Environmental)や社会(Social)の要因を投資判断プロセスに組み込むべきという考え方にはそのころから懐疑的だったので、エネルギー問題やセキュリティ(安全保障)、ガバメント(政治)が重要だという指摘には同意で、「もう一つのESG」の方が効果的な投資ができそうだと思ったものだ。ウクライナの状況は、私の中で正統的なESG投資への懐疑を深め、「もう一つのESG」の的確さを改めて思う。

正統的なESG投資では火力発電を嫌うが、火力の中でもガス火力は、石炭や石油に比べて二酸化炭素の排出が少ないので、ESGに適合するとの考えが有力だ。そのため、天然ガスの主要な産出国の一つであるロシアで関連事業を営む企業であればESGスコアは高くなる。実際、ESGスコアの高い企業ほど、ロシアとの結びつきが深いという研究結果がある。

また、正統的なESG投資では、兵器産業を投資対象から外す方針(ダイベストメント)がよく採用される。しかし、投資対象から外されることが多い企業が製造した兵器が、ウクライナへの侵略を阻止する効果を上げているようだ。足元ではESG投資の中に兵器産業をどのように位置付けるべきか、再検討の動きが現れている。

発電のためのエネルギー源を天然ガスに転換したり、天然ガス採掘企業への投資を増やしたりすれば、回りまわってロシアの戦費調達を容易にし、人道上の危機を深刻なものにするおそれがある。兵器産業への投融資が行われなければ、国際法に反する軍事攻撃に対し効果的な反撃を可能にする兵器の研究開発や製造販売に滞りが生じるかもしれない。正統的なESG投資に疑いの視線が注がれるのも道理だ。

イェール大学経営大学院は、ロシアでの経済活動を継続する企業リストを公表している。ESG投資業界では、ロシア関連の資産運用に関する運用業者ごとの取り組みを一覧で提供しているWEBサイトもある。企業と機関投資家の双方にロシアとの関係を解消させようとする働きかけだ。

しかし、巨額と言われるESG投資資金のごく一部であっても、ロシアに投資されていた事実は変わらない。それがどのようにウクライナ侵攻に関係したのか、あるいは関係していないのか、検証するのが責任ある投資家としての責務だとの声が上がっても不思議ではない。

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執筆者紹介

政策調査部

主席研究員 鈴木 裕