中国:「デジタル人民元」計画の狙いはどこにあるか?

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2020年08月24日

  • 経済調査部 研究員 中田 理惠

ここもと、中国は中央銀行デジタル通貨(CBDC)の実用化へのステップを着々と進めている。中央銀行デジタル通貨とは、文字通り中央銀行が発行するデジタル通貨のことである。中国の場合は人民元をデジタル化することになる(以下ではこれを「デジタル人民元」と表記する)。2020年8月14日に商務部はデジタル人民元の今後の試行エリアを発表(※1)した。発表に基づくと、まずは深セン、蘇州、雄安新区、成都と2022年冬季五輪会場(北京)で先行してテストを行い、その後試行エリアをさらに拡大していくそうである。

そもそもデジタル通貨と既存の通貨は何が違うのか?と感じる方もいるかもしれない。キャッシュレス決済の利用が増えてきた昨今では、わざわざ「デジタル化」するといわれてもピンとこない印象である。しかし、デジタル通貨は銀行を介さない決済や送金、お金がどこから来て誰の手に渡ったかの追跡といったことも設計次第で実現可能である。このことから一般的には、送金手数料の削減や、マネーロンダリング防止などがデジタル通貨のメリットとしてうたわれている。

中国当局にとってデジタル人民元の導入には、主に2つの狙いがあると考えられる。
1つ目は国境を跨ぐ資金移動への監視強化である。国外への資金流出は中国当局にとって以前より懸念事項の一つである。元安圧力が強まると、資金流出とさらなる元安といった負のスパイラルに陥る場面がこれまで幾度か生じてきた。人民元のデジタル化を行えば当局は個々人、各企業の人民元の送金情報を把握することができ、より直接的に人民元の管理が可能となる。米中対立が今後も強まっていくとすれば、その過程で人民元のレートも不安定になる場面が想定されるため、資金流出への懸念を後退させておきたいのではないか。
2つ目は人民元の国際化ないしデジタル人民元通貨圏の形成である。人民元の国際化には対外決済における米ドル依存からの脱却、自国通貨決済による為替変動リスク回避、シニョリッジ(通貨発行益)の獲得といったメリットがある。デジタル人民元の導入は決済の利便性向上といった面で人民元の国際化を後押しする一つの手段となり得る。デジタル通貨のような新たな技術は、先駆者ほど基本的な規格・仕様を決定できる可能性が高い。加えて、通貨という性質上、ユーザー間での相互のやり取りを前提とするため、一度マジョリティを獲得するとマーケットシェアが維持されやすいと考えられる。Facebookによるリブラ構想の登場は、中国当局にデジタル人民元の計画を進める圧力となったと思われる。ただし、人民元の国際化には根本的には人民元が自由に取引できる環境が担保されることが必要である。デジタル人民元を導入したところで、資本規制という壁が残る限りは人民元の国際化が急速に進展することは考えにくい。デジタル人民元の導入は人民元国際化に向けた布石の一つと捉えるべきであろう。

デジタル人民元の制度の詳細や実用化に向けた計画の全容は公表されていないが、2022年の冬季五輪会場で試行される際にはその一部が見えてくるだろう。デジタル人民元は米ドル基軸体制への挑戦に向けた長期計画の一環として今後も進められていくと思われる。今後の展開に注目していきたい。

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