SNSの政治広告と企業民主主義
2019年12月05日
米国大統領選は一年先だが、すでに多方面で様々な議論を巻き起こしている。最近では、SNS上の政治広告を巡って、ツイッター社とフェイスブック社の対応に明らかな違いが生まれている。共和党トランプ大統領が繰り出す広告は、民主党系候補者から見れば虚偽の内容であっても、SNSではそのまま拡散されていると非難された。これに応えてツイッター社は政治広告の全面的禁止を決めたが、フェイスブック社は政治家の言論の自由を理由に広告を継続している。他のSNSでも政治広告の禁止か継続かを検討する動きが広がっている。
民主党の有力候補であるエリザベス・ウォーレン氏は、フェイスブック社が広告のファクトチェックをないがしろにしていると問題視している。政治広告問題と直接の関係はないだろうが、同氏はグーグル社、アマゾン社、フェイスブック社の解体も公約に掲げており、フェイスブック社の株主にとって、無関心ではいられないだろう。
企業がその事業に関して政治的対立に巻き込まれるのは昔から時折あることだった。50年ほど前には、ダウケミカル社が、ナパーム弾製造の中止を求める株主提案を受けた。ベトナム戦争からの撤退を求める反戦団体からの要求だった。グレイハウンド社は、公民権運動と連動した株主提案で黒人のバス乗車における差別の撤廃を要求された。いずれも現在の目をもって見れば、企業のとるべき対処法は明らかだが、当時の政治情勢・社会情勢の中では、困難な経営判断を迫るものだっただろう。SNS上の政治広告も、ツイッター社とフェイスブック社にとって事業の一つなのだから、続けるべきか撤退すべきか判断はなかなか難しい。そうした判断を下す際の視点はどうあるべきだろうか。
ダウケミカル社の訴訟は株主提案を招集通知に記載すべきか削除できるかを問うものであった。終審では、結局却下(moot)だったのだが、下級審は“corporate democracy”(企業民主主義)を理由に反戦団体を勝訴させている。ここでいう企業民主主義は、企業を取り巻く様々な関係者(ステークホルダー)の利害をバランスよく考えましょうという意味ではない。企業における有権者は株主なのだから、企業の重要方針は株主が決めるべきということであって、“shareholder primacy”(株主至上主義)に近い。
難しい経営判断を下す場面でステークホルダーの利害をバランスよく考えるべきとすることは、一見好ましく思えるかもしれないが、実は批判が多いところだ。わが国でも企業の社会的責任論は古くから論じられているが、竹内昭夫教授は、経営者の裁量権が大きくなり事実上無監視の状態に置くことにならないかとの懸念を示している。鈴木竹雄教授も、社会・公共の利益のために企業に対し規制を加える公益優先論が、かえって政治的に悪用される危険があると指摘している。
SNS上の政治広告事業の是非も、企業の社会的責任論を持ち出すと様々な結論を任意に出せるだろうが、企業民主主義(≒株主至上主義)に立てば、主権者である株主が期待する株主価値の増大を基準として明確な説明ができるのではないだろうか。とはいえ、将来の選択に関して株主価値を推算するための信頼できる方法を見いだせるかは難題であろう。
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政策調査部
主席研究員 鈴木 裕
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