変貌する英国スチュワードシップ・コードがもたらすインパクト

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2019年03月05日

現在、英国の機関投資家向け行動規範であるスチュワードシップ・コード改訂が検討されており、3月29日までパブリックコメントをFRC(財務報告評議会)で受付中だ。改訂によって、スチュワードシップ・コードの目的や性質が大幅に変わることになりそうだ。

これまでスチュワードシップ・コードは、英国上場企業の株式に投資をしている機関投資家を適用対象に想定していたが、改訂案では、これを無制限に拡張する。上場株、非上場株、債券、インフラ投資、オルタナティブ投資にまで、スチュワードシップ・コードの適用対象を広げる。投資対象は問わないということなので、英国に関する投資という限定もなくなる。

受益者の利益を最大限に尊重すべきとする受託者責任の観点からは、英国株に限定していることの方が問題だった。受益者の資産を適切に管理するという受託者の責任は、受託した資産全体を対象にしているからだ。スチュワードシップ・コードがあえて英国上場企業の株式に限定していたのは、英国上場企業の成長を通じて英国経済へポジティブな影響を及ぼすことを期待してのことだったはずだ。スチュワードシップと受託者責任は、この点で違いがある。前者が受益者の資産以外へのポジティブな影響を重視しているのに対して、後者は受益者の利益に専念することを求めている。

機関投資家に気候変動を含むESG(環境、社会、ガバナンス)要因の考慮を義務的にしようとしているところも、改訂案の大きな特徴だ。スチュワードシップ・コードは、これまでも機関投資家の行動を通じて経済全体(economy as a whole)へ影響を及ぼすことを想定していたが、改訂案では気候変動を含むESG要因を明示して機関投資家に取り組みを求める。従来、ESG要因についてスチュワードシップ・コードは、「機関投資家が関与を行おうとする場合の例(これらに限られるものではない)としては、会社の戦略、業績、ガバナンス、報酬、リスク(社会問題・環境問題に関連するリスクを含む)へのアプローチに対して懸念を有する場合などがあげられるであろう。」(金融庁「英国スチュワードシップ・コード(仮訳)」、2013年10月18日)としていた。社会、環境要因は、投資先企業のリスクに関する考慮要素の一つとして例示しているにすぎなかった。今回の改訂案通りに決まれば、スチュワードシップ・コードに参加表明した機関投資家は、あらゆる投資判断に際して、気候変動を含むESG要因を考慮しなければならず、そうしないならその理由を説明しなければならなくなる。

気候変動が世界的な重要課題であることを認めたとしても、投資リターンに影響を及ぼす無数の要因のうちことさらにこれを取り上げて機関投資家に考慮を強く求めることが金融規制当局の役割なのか、疑問がないわけではない。証券市場では、多様な投資判断が集計されることで、一応適正と思える価格が発見されるはずだが、考慮要素の特定は、自由な投資判断を阻害するおそれもある。コンプライ・オア・エクスプレインだから、理由を説明すれば従わなくてもよいのだが、実際上は強制的なものと受け止められるのではないだろうか。また、世界中の上場・非上場株、債券、インフラ投資、オルタナティブ投資にまでこうした要因の考慮を必要とするのは、機関投資家に強い負荷を課すことになるし、機関投資家の能力を過大視しているようにも思える。

わが国のスチュワードシップ・コードは、英国をモデルに策定されたもので、「本コードの対象とする機関投資家は、基本的に、日本の上場株式に投資する機関投資家を念頭に置いている。」と日本の上場株式に投資している場合を想定している。ESG要因については、機関投資家が投資先企業について把握する情報として、「例えば、投資先企業のガバナンス、企業戦略、業績、資本構造、事業におけるリスク・収益機会(社会・環境問題に関連するものを含む)及びそうしたリスク・収益機会への対応など」として、考慮要素の例示にとどめているところも現行の英国スチュワードシップ・コードと同様だ。この辺りを根本的に変える英国の取り組みによって、今後わが国にも影響が及んでくるかもしれない。

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執筆者紹介

政策調査部

主席研究員 鈴木 裕