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労働生産性を高めるための盲点

2018年01月31日

経済調査部 主任研究員 溝端 幹雄

そろそろ春闘が本格化し始める。賃金を引き上げることはデフレ脱却や今後の持続的な経済成長に不可欠な条件だ。足元の人手不足が賃金引き上げの強力な援護射撃になるのは確かだが、やはり持続的な生産性の向上が賃金上昇に必要なのは間違いない。もちろん、生産性の向上には設備投資も必要だが、それには資本収益率が落ちないようにイノベーションが生まれやすい環境を作ることが重要だ。そうした環境の一つに人的資本、つまり人材力の向上が挙げられる。


人的資本というと教育に耳目が集まりやすいが、実は健康という側面からも人的資本を考えることが重要である。たとえ様々な知識や技能を身に付けても、健康上の理由により労働市場に参加できなければ、その貴重な能力が発揮できないからである。


実際、経済学でも健康面からマクロ経済への影響を分析した論文も多い。Arora[2001](※1)は、過去100年以上にわたる先進10か国(日本も含む)のデータを使って、健康増進が長期的な成長のペースを30~40%も引き上げたとしている。Weil[2013](※2)は、健康が平均寿命の延伸や人的資本の蓄積を促して労働生産性を高めることを述べている。平均寿命が延びると人的資本への投資の回収期間が長くなって教育の収益率が高まるので、さらなる教育投資を促す。この点で、日本は高齢者の再就職を促す仕組みはあるものの、定年退職制度の存在が教育投資を手控えさせるインセンティブを与えて、人的資本の蓄積にマイナスに働く可能性がある。さらに、病気のリスクを減らすルートを通じても生産性に影響を与え得る。


働き方改革により長時間労働は緩やかながらも是正の方向に向かうと考えられるが、そこで生まれた余暇を家族と過ごすための時間に充てたり、能力を高めるための自己研さんに使うなど、もちろんその使い方は自由である。ただ、労働生産性の改善という視点から考えると、ランニングやジムをはじめとしたスポーツや食事などの普段の生活の改善を通して健康面に気を配ることも重要だと考える。それは生活習慣病を予防し、人生100年を見据えた人的資本の形成を促していく。


このように労働生産性を最大限に引き上げるためには、教育投資を促すリカレント教育の充実だけでなく、健康増進を促すインセンティブを医療制度に埋め込むことや、健康や教育への投資回収期間を長くする定年制度の廃止、就労期間の長期化と平仄を合わせた年金支給開始年齢の引き上げなど、互いに整合的な制度改革が行われる必要があるだろう。


(※1)Arora, Suchit[2001], “Health, Human Productivity, and Long-Term Economic Growth,” The Journal of Economic History, Vol. 61, No. 3 (Sep., 2001), pp. 699-749.
(※2)Weil, David[2013], “Health and Economic Growth,” Chapter3 in the Handbook of Economic Growth, Volume 2. Edited by Philippe Aghion and Steven N. Durlauf.

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溝端 幹雄

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