日本経済再生のカギはリベラルアーツの強化

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2015年12月29日

  • 調査本部 副理事長 兼 専務取締役 調査本部長 チーフエコノミスト 熊谷 亮丸

大学のリベラルアーツ(教養教育)をめぐる議論が迷走している。近年、わが国では「リベラルアーツ教育を縮小し、実践教育を重視するべきだ」との主張が勢いを増している。2015年6月に下村文部科学相(当時)が、全国の国立大学法人に対して、中期目標・中期計画の策定に当たり、教員養成系や人文社会科学系の学部・大学院の廃止や転換に取り組むことなどを求める通知を出したことも、こうした議論に拍車を掛けた。

しかしながら、筆者は、今後わが国ではリベラルアーツの重要性が高まることすらあれ、低下することはあり得ないと確信している。変化の速い現代では、実用的な知識や技術はすぐに陳腐化する。その意味で、今ほどわが国の歴史・文化・伝統を踏まえた、深みのある議論が求められている時代はないのだ。

筆者は立場上、テレビの経済番組などでコメンテーターを務める機会が多い。地上波の番組の場合、一回のコメントの長さはせいぜい1分~1分30秒程度だ。NHKの「日曜討論」では、50秒たつとランプが点灯し、1分を過ぎると点滅する仕組みになっている。

しかし「わずか1分間」と侮ってはいけない。筆者は職業柄、コメンテーターの潜在的な力量を一発で見抜く自信がある。

数年前、超一流の「絵師」の方の話を伺う機会があった。優れた絵師は、小さなお皿に絵を描く際でも、畳何畳分かの大きな部屋に絵を描くイメージを抱いて、膨大なエネルギーを小さなお皿に集約するそうである。

テレビコメンテーターに関しても、視聴者に分かりやすいように「簡単なコメント」——緩い球を投げても、プロが見れば、それが精一杯の全力投球なのか、もっと速い球を投げる力のある人があえて緩い球を投げているのか、は一目で分かるのだ。

異分野との交流は様々な価値を生み出す。身近な例では、1970年代に一世を風靡した「ピンク・レディー」の楽曲がヒットした秘密をご存知だろうか?その理由は、作曲家が「民謡」のリズムを取り入れたからである。すなわち、「歌謡曲」という枠の中だけで作曲を行っていると、斬新なメロディーは生まれない。「歌謡曲」の常識を打ち破り「民謡」のリズムを取り入れる——大袈裟に言えば、異分野との交流こそが新たな価値を生み出すのだ。

陽明学者として、戦後多くの政治指導者に強い影響を与えた安岡正篤氏は、「思考の三原則」として、①目先に捉われないで、出来るだけ長い目で見ること、②物事の一面に捉われないで、出来るだけ多面的に、出来得れば全面的に見ること、③何事によらず枝葉末節に捉われず、根本的に考えること、の3点を挙げている。

これらの視点に照らせば、リベラルアーツを学ぶことが、思考を深める意味で、極めて重要であることは疑う余地がなかろう。リベラルアーツは、人類の悠久の歴史、世界の様々な宗教の本質、日本と西欧の根本的な発想法の違いといった人間の思索にとって不可欠な基盤を、われわれに与えてくれる。筆者は、わが国の歴史・文化・伝統を踏まえた上で、今後の日本経済の動向や、わが国が進むべき道などについて、長期的、多面的、根本的に考察していきたいと考えている。

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熊谷 亮丸
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